2014/07/20(日)

ホリディ・イン(グラスゴー)→グレトナ・グリーンギルスランド(ハドリアヌスの長城)ダラム観光(ダラム大聖堂、ダラム城)→ホリディ・イン(ランカスター)泊

【グレトナ・グリーン】
いよいよ今日はスコットランド最後の日で、まずは「ハドリアヌスの長城」へ向かいますが、途中、バスはサービスエリアのようなところへ入りました。
旅行社から貰った日程表にない上、添乗員からも大した説明もなかったので、単なるトイレ休憩かと思いました。
その時は、何もわかっていなかったのですが、ここはイングランド国境と最も近いスコットランドの村「グレントナ・グリーン」だそうで、「駆け落ち婚」のメッカなのだそうです w(*゚o゚*)w。
要するに江戸時代の日本の「駆け込み寺」のようなものですかねえ?いや、その反対ですか(笑)。
IMG_0981
イングランドでは1754年に結婚を制限する婚姻法が制定され、結婚できるのは両親の承諾を得た21歳以上の男女となったそうです。
一方、スコットランドでは1940年になるまで当人同士の意志だけ、しかも16歳以上であれば両親の同意なしで認められ、立会人が二人いれば婚姻が成立するという緩やかなもので、「お願いします。すぐに結婚式を挙げさせてください。」と村の入口に建っていた鍛冶屋さんの戸を叩き続けるカップルのために、鍛冶屋さんが、結婚式の司祭を引き受けたという伝説があるのだそうです。
というわけで、イングランドで逆境に立たされたカップルが手に手をとって馬車を走らせイングランドの国境を越えるという「駆け落ち婚」が流行したそうです。
そんなことを全く知らなかった私は、その公園のように整備されたサービスエリア?にあるショッピングセンターなどを見て廻りました。
DSC07002

IMG_0982
また、その時は何なのか全く知らなかったのですが、多分、駆け落ち婚を意味する「二つの手が合わさる大きなモニュメント」を背景に写真を撮っただけです(苦笑)。
IMG_0984 IMG_0978

【ハドリアヌスの長城】
そして、次はいよいよ「ハドリアヌスの長城」へ向かいます。
「ハドリアヌスの長城」はイングランド北部、スコットランドとの境界線近くにあります。
1世紀半ばにブリタニアまで領土を拡大させたローマ帝国が、ケルト人の侵入に悩まされ、皇帝ハドリアヌスが長城の建設を命じて築かれたもので、北方異民族侵入を防ぐ為に築かれた中国の「万里の長城」と同じ発想ですね。
但し、規模は「万里の長城」には遠く及びません。
IMG_1017

DSC07027

IMG_1010
スコットランドからイングランド北部は牧場が多く、その多くが石積みで区画されていますが、その石積みと間違えるほどのチャチ(失礼)なもので、家内などは、すぐ傍に延びている牧場を区画する石積みを長城の一部と間違えていました(笑)。
尤も、実際には石積みの高さは2~3mほどで、上部幅も2mほどあり、その脇には空堀が掘られていて、そう簡単には越えることはできませんがね。
ここで参ったのは、石積みから飛び降りて歩いたら、そこらじゅうに羊のウンチが・・・ w(*゚o゚*)w。気を付け歩かないと、やたらと踏んでしまいそうです。ましてや、カメラを構えながら歩くと危ない危ない(苦笑)。
IMG_1020
尚、約1.5kmの間隔で監視所も設置されて、今回は「Birdoswald Roman Fort」というちょっとした砦も見ました。
IMG_1029

IMG_1035
いずれれにしても、残念ながら期待していたほどのものではありませんでした。

【ダラム】
ハドリアヌスの長城の見学後は、ダラムへ向かい、まずはダラム城とダラム大聖堂の崖下を流れるウェア川に架かるフラムウェルゲート橋脇の「CAFFE ROUGE」で昼食です。
IMG_1077
今日の昼食も実にシンプル?!おまけにギネスどころか生ビールもなく瓶ビールしかありませんでした(/。ヽ)。
IMG_1074 IMG_1073
昼食後のちょっとした時間にフラムウェルゲート橋から「ダラム城とダラム大聖堂」を見上げ、取り敢えず写真を・・・。
(フラムウェルゲート橋から見上げるダラム城と大聖堂)
IMG_1088
我々のツアーは、次は「ダラム大聖堂」見学ですが、私には、当然、「ダラム城」のほうが興味があります。
ダラム城とダラム大聖堂は共にウェア川を見下ろす崖の上に建てられており、パレス・グリーンと呼ばれる緑地を挟んで向かい合っています。
(ダラム城)
ダラム城は、ノルマン人によるイングランド征服後、ノルマン朝を開いて現在のイギリス王室の開祖となったウィリアム1世によって1072年に築かれました。 スコットランドとの国境近くにあるダラムは、イングランドの重要地点であり、スコットランドに対する威圧のためというのが目的でしたが、時代と共にその役割は変化していき、要塞としてよりもダラム大聖堂の司教の居城として使用されるようになっていきました。
その後、1837年に新設されたダラム大学へ寄付され、現在に至るまで多くが学生寮として利用されています。休暇中には一般の入場も許可されていますが、基本的には一般の入場はガイドツアーのみに限られるということで、門の中央に立札が・・・。残念ながら、我々のツアーはNo Entryです(/。ヽ)。知らないふりして、奥に見える城門まで入って行こうかとも思いましたが、日本人観光客として、マナーを大事にしなきゃあと断念(;>_<;)
やむを得ず、木々の間から僅かに見える塔や大学への入場門の奥に見える城門を見るだけしかできませんでした(;>_<;)。
(木々の間から僅かに見えるダラム城。左がダラム大学入口の門)
ダラム城1
(大学入口の門の前から城門を)
ダラム城2
(ダラム大聖堂)
我々のツアーは大聖堂内をじっくり見て廻りました。ダラム大聖堂は1093年に建設が始まり、1133年に完成しました。中世にイングランドで確立されたノルマン様式の最高傑作の建築物といわれ、高い天井を支えるための建築法が用いられており、これが以降のヨーロッパの聖堂建築の主流となったのだそうです。
とはいえ、教会等にはあまり興味のない私には「これでもか」というほどしつこく廻っているように感じられました(苦笑)。
大聖堂1

大聖堂2-1 大聖堂2-2
尚、ダラム城と大聖堂は、日本にも多くのファンがいる映画「ハリー・ポッター」の「ホグワーツ魔法魔術学校」のロケ地として使用されたそうです。

ところで、ダラム市街では、少しばかり自由時間がありました。
市街では、若者たちによる演奏などががされ、多くの人が集まっていました。何かの祭なのでしょうか。随分賑やかでした。
IMG_1065

IMG_1135

DSC07035
それを尻目に、私は、今回の旅行で知り合ったN田さんと一緒に、スーパーマーケットへ入り、今夜の飲み物(アルコール)と氷とアイスバッグを手配しました(苦笑)。今夜の宿泊先も全く何もないランカスターですからね。

ラナカスターのホリディ・インには午後6時過ぎには到着しましたが、案の定、周囲には観光等々できるようなところはなく、木々の緑に囲まれたホテルでした。
IMG_1148
そして、食事も、やっぱり随分シンプルで、ギネスもありませんでした。
IMG_1150 IMG_1149
しかし、今夜はダラム市街のスーパーでゲットしてきたスコッチウィスキーと氷、さらにはちょっとした酒の肴もあります。というわけで、食後はN田さんなどと酒盛りを・・・。
本当は、折角のイギリスなので、街に出て一杯やりたいのですがねえ。

トップページへ このページの先頭へ

コメント

この記事へのコメント

名前

メールアドレス

URL

コメント