2003/07/05

証券取引所→レオミュール通り→ヴィクトワール広場→フランス銀行→パッサージュ・ギャラリー・ヴィヴィエンヌ→旧国立図書館→パレロワイヤル→ルーブル美術館→セーヌ川河畔→ギャラリー・ヴェロドダ→商品取引所→サン・トゥスタッシュ教会→フォーラム・デ・アル→ポンピドー芸術文化センター→マレ地区(スービーズ館・ロワン館・ピカソ美術館・カルナヴァレ館・ヴォージュ広場)→バスティーユ広場→オペラバスティーユ→シュリー橋→サンルイ島→アラブ世界研究所→シテ島(ノートルダム大聖堂・コンシェルジュリー・ブキニスト)→コメディーフランセイズ→プランタン(スーツケース購入)→夕食(ビストロ・バッファロー)→ホテル(メルキュール・パリ・クセ・オペラ)

【パリ市街簡略図】
パリ市街は、ルーヴル美術館を含む1区を中心に、時計回りに外側へと20の行政区が並んでいます。
パリ市街図


【パリ中心街散策】
今日はパリ中心部散策ですが、宿泊先「メルキュール・パリ・キュセ・オペラ」は、メトロ9号線リシュルー・ドゥルオ(Richelieu Drouot)から徒歩2~3分で、オペラ座まで徒歩10分弱(地下鉄一駅)というパリの中心街を散策するのには抜群の立地です。
尤も、事前に全く観光地諸々を調べて来なかった私は家内と次男S介に付いて行くだけですがね(苦笑)。
早朝の8時前に旧パリ証券取引所(現ユーロネクスト・パリ)へ向かって歩いて行くと緑色の服に黄色のベストを着た多くの清掃員が道路掃除をしていましたが、その全てが黒人の人でした。あまり人がやりたがらない仕事は黒人が多いようですね。
(旧証券取引所へ向かう) ~正面奥が旧証券取引所から
証券取引所1

【旧証券取引所(ユーロネクスト・パリ: Euronext Paris)】
パリ証券取引所は戦後から投資信託市場として栄えてきましたが、今はユーロネクストが運営しており、証券市場に関する歴史的資料を展示した資料館等が入館しているそうです。ユーロネクストとはアムステルダム、ブリュッセル、パリ、ダブリン、リスボンにある証券取引所の運営および関連する金融サービスの提供を行う企業です。
証券取引所2

【レオミュール通り(rue Reaumur)】
次に、レオミュール通り(rue Reaumur)へと向かいます。証券取引所からメトロのセバストポル(Reaumur Sebastopol)の間の通りをレオミュール通り(Rue Reaumur)と言います。
オペラ座へと続く通りの一つで、壮麗なファサードの建物が多いく、1900年代初頭にファサード・コンクールが行われたことで有名なんだそうです。
レオミュール通り1

レオミュール通り2

【ヴィクトワール広場】
そして、ヴィクトワール広場へ到着。パリにある円形の広場で、パリ1区と2区にまたがっていて、6本の道路が交差しています。もともと1678年から1689年にかけてそれまであった民家を壊して、ルイ14世のナイメーヘンの和約による戦勝記念に広場が計画され、間もなくヴェルサイユ宮殿の造営に携わったルイ14世の主任建築家ジュール・アルドゥアン・マンサールがこの円形広場を取り囲む壮麗な建物を設計したのだそうです。広場中央にはルイ14世の騎馬像がたっています。尚、ヴィクトワールは勝利の意味だそうです。
広場周辺には高級ブティックが並び、また、その周辺にもGalerie Vivienne(ギャラリー・ビビエンヌ)などの歴史のあるパッサージュがあり、ショッピングスポットとして賑わっているんだそうですが、まだ早朝なので人影はほとんどありません。
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【フランス銀行】
そして、フランス銀行(フランスの中央銀行)の前を通り、パッサージュ・ギャラリー・ヴィヴィエンヌへと・・・。
フランス銀行

【パッサージュ・ギャラリー・ヴィヴィエンヌ】 
パッサージュ・ヴィヴィエンヌ・Galerie Vivienne 」は、パリにたくさんあるパサージュの中でも、最も美しいといわれ、42メートルのアーケード通りには有名なプレタポルテのブランド店や老舗のワイン屋やティーサロン、インテリア雑貨屋があり、落ち着いた雰囲気がとても魅力的なパッサージュで、ゆったりとしたひと時が過ごせるパリの隠れスポットです。尤も、我々が訪れたのは、まだ朝9時前でもあり、店も開いておらず、お客さんも見かけませんでしたがね。
パッサージュとはフランス語で「通過」や「小径」などをあらわし、18世紀以降、パリを中心に建造された商業空間で、ガラス製のアーケードに覆われた歩行者通路の両側に商店が並んでいるもので、百貨店の発生以前に高級商店街として隆盛しました。
尚、パッサージュの起源はパレ・ロワイヤルに遡るとされ、1784年、オルレアン公ルイ・フィリップ2世が、自らの居城であるパレ・ロワイヤルの庭園に回廊をめぐる商店街と住居を建てて分譲しました。この商店街が大人気となり、2年後、さらに増築を行ったそうです。C02870-2

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パレ・ロワイヤル
次に向かったのは、パレ・ロワイヤルです。 もともとはルイ13世の宰相リシュリューの城館であったが、彼の死後、主君に寄贈されました。
ルイ13世の死後、1643年に当時5歳のルイ14世がルーブル宮殿から移り住んだことで、パレ・ロワイヤル(王宮)と呼ばれるようになりました。
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今は文化省などが入る建物となっており、軒をレストランや画廊、骨董品店、カフェ、香水ショップなど、見て歩くだけで楽しいギャラリーが並んでいます。
(ギャラリー)
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中庭には、フランスらしい幾何学的な木立があり、1986年に完成したダニエル・ビュラン作の白黒のストライプ模様の260本の円柱や、多くのユニークな現代アートが展示されています。
(中庭への入口 )
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(回廊)
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(中庭)
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(現代アート)
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(ストライプ模様の円柱)
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【ルーブル美術館】
次に向かったのはルーブル美術館ですが、3人とも、美術館内へは各々が以前訪れた際に入ったことがあるので、今回は外観と地下に一部残るルーブル宮殿跡とその展示品だけを見て終了。
ところで、ルーブル美術館の中庭であるナポレオン広場 に設置されている、ガラスと金属で制作されたピラミッドはルーヴル美術館のメイン・エントランスとして使用されていますが、前回(1994年5月)に訪れた時の印象には残っていないのですが、1989年完成だそうですから、当時は既にあったのですね。何ともいい加減な記憶力ですね(/。ヽ)。
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(ルーブル宮殿城壁跡)
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ルーブルのあとは、カルーゼル凱旋門を見てからセーヌ川へと出ます。
【カルーゼル凱旋門】
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【セーヌ川へ】
(カルーゼル橋)
カルーゼル橋は1834年に完成、もともとサンペール橋と名付けられていたが、その後、カルーゼル橋に改名されました。現代的なコンクリートの橋となったのは1939年で、それまでの特徴的なアーチ状の外観を残すように造られています。1847年に橋の両端に建てられたルイ・プチト作の彫像はそのまま残され今も見ることができます。左岸側のものはセーヌ川とパリ市を、右岸側(ルーブル美術館側)のものは工業と豊穣を象徴しているそうです。尚、背後(セーヌ川の向こう)に見える建物はオルセー美術館です。
カルーゼル橋とオルセー美術館

(セーヌ川に架かるポン・デ・ザールとフランス学士院)
ポンデザールとフランス学士院1

ポンデザールとフランス学士院2

【再びパリ中心部へ】
セーヌ川右岸を少しだけ東進し、その後、再びパリ市中心部の1区・2区方面へ向かい、まずは「ギャラリー・ヴェロ・ドダ」へ・・・。
(ギャラリー・ヴェロ・ドダ)
ギャラリー・ヴェロ・ドダは小さい商店が連なり、パリの他のパッサージュとは違ってさっぱりしており、また、人も少なくてレトロな感じが楽しめます。
ギャラリーヴェロ・ドダ

(商品取引所)
次に向かったのは「商品取引所」です。「商品取引所」は、1811年にナポレオン1世が焼失した穀物取引所を再建しましたが1854年に再び火災に遭い、1889年に再建されました。
尚、先に通った「証券取引所」や「フランス銀行」とは歩いて数分の距離にあります。即ち、この辺りがフランス経済の中枢のようですが、土曜日だったせいか、あまり活気は感じられませんでした。
商品取引所

(サン・トゥスターシュ教会)
商品取引所に隣接して「サン・トゥスターシュ教会」がありますが、1532~1640年に建立されたという古い教会で、ノートルダム寺院を手本に造られたそうで、パリで最も美しい外装の教会として有名なんだそうです。
教会前の広場には現代彫刻でしょうか、でっかい頭の彫刻が転がっていました。面白いといえば、面白いかもしれませんが、何か不自然な感じがしました。
サントゥシュタッシュ教会

サントゥシュタッシュ教会前広場1 サントゥシュタッシュ教会前広場2

サントゥシュタッシュ教会前の頭の彫刻

次に向かったのは、近代的で壮大なデザインが目を引く、大型ショッピングモール「フォーラム・デ・アール(Forum de Halles)」ですが、パリ市の中心にある地下鉄や電車の駅と直結しています。地下4階に広がる「フォーラム・デ・アール」には、おしゃれなファッションブティックや、コスメショップ、カフェ、レストランなどが入っており、パリの流行を感じることのできる場所でそうですが、外観だけ見てポンピドーセンター(Centre Pompidou)」) へ向かいました。
(フォーラム・デ・アール)
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ポンピドーセンターの前の広場には、大道芸人がいて、その中には全身を金色に塗った女性も見付けましたが、これってヨーロッパのいろんな所でよく見掛けますが、このパフォーマンスも大道芸の一つと言えるのでしょうかねえ?
(ポンピドーセンター前の広場にて)
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ポンピドーセンターは1969年に、近代芸術の愛好家でもあったジョルジュ・ポンピドゥー大統領 (1969-1974) が、首都パリの中心部に造形芸術のほか、デザイン、音楽、映画関連の施設および図書館を含む近現代芸術拠点を設ける構想を発表し、国際コンペの応募作品680点の中から選ばれたイタリア出身のレンゾ・ピアノとイギリス出身のリチャード・ロジャースの二人の建築家の構想によるものだそうです。
鉄骨・鉄パイプとガラスが剥き出しで、まるで工事中のような外観で、超近代的なというか、奇抜なデザインが印象的な総合文化施設で、完成当初は批判も喝采をも浴びたようです。
館内は見どころたっぷりなようで、毎日賑わっているようですが、ここも軽く見て廻っただけで、マレ地区へと向かいました。
(ポンピドーセンター)
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【マレ地区へ】
マレ地区はパリの歴史的地域です。永く貴族が居住した地域であり、歴史・建築的重要性の高い多くの優れた建造物があります。
1950年代までにこの地区は労働者階級の地区となり、地区内の優れた建築の多くが劣悪な補修状況に置かれていましたが、現在では、パリでも有数のアートギャラリーが集まる地域となっており、ソーホー等と比肩されるように流行の発信地となり、多くの流行のレストランや高級ファッションメーカー、先端をいくギャラリーがあります。とはいえ、ここもゆっくり歩いて通っただけですがネ。
(サレ館・ピカソ美術館)
サレ館

(カルナヴァレ博物館の中庭)
カルナヴァレ博物館の中庭

(ヴォージュ広場)
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次に、バスティーユ広場(Place de la Bastille)へ・・・。バスティーユ広場はパリの4区・11区・12区の3つの区に跨っています。
もともとはバスティーユ牢獄があった場所ですが、1789年7月14日にフランス革命の発端ともいえるバスティーユ襲撃事件が発生し解体され、現在は広場中央に1830年に起きたフランス7月革命を記念するオブジェが建てられ、また歌劇場オペラバスティーユがあります。
(バスティーユ広場)
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(オペラバスティーユ)
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【5区へ】
そして、シュリー橋( Pont de Sully)を渡って5区へ向かいます。シュリー橋は、セーヌ川に架かる橋で、4区のアンリ4世大通りと5区のサンジェルマン大通りとをサン・ルイ島の先端をかすめる形で二つの橋からなっています。
(シュリー橋)
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シュリー橋を渡ったところにフランスとアラブ世界の交流を目的とする施設「アラブ世界研究所(Institut du monde arabe)」があります。
1980年、アラブ諸国の18カ国とフランスはアラブ世界の情報を発信し、アラブ世界の文化、精神世界を研究するための研究機関を設置することで同意し、アラブ世界研究所を設置しました。
アラブ世界研究所の建物の最大の特徴は南面の窓です。ガラスパネルで出来た幾何学模様の壁面は、カメラの絞りと同じ要領で太陽光に応じて自動的に開閉する仕組みで、メカっぽい中にもイスラムを連想させるデザインとなっています。
尤も、私は、帰国して次男S介の写真を見るまで、そんなことには全く気が付かなかったのですが、一応建築士のS介は、相当な興味があったようで、随分多くの写真を撮っていました(苦笑)。
(アラブ世界研究所)
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(アラブ世界研究所南壁面を外側から)
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(アラブ世界研究所南壁面を内側から)
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【シテ島(Ile de la Cité)へ】
そして、次はいよいよノートルダム大聖堂(Cathédrale Notre-Dame)のあるシテ島(Ile de la Cité)へ向かいます。シテ島は、隣にあるサン=ルイ島と並ぶ、セーヌ川の中州です。パリ市内で最も古い歴史をもち、“パリ発祥の地”とも称され、パリ1区及び4区に属し、東半分が4区に、西半分は1区に属します。
シテ島にはノートル・ダム大聖堂、コンシェルジュリ、サント・シャペルなどがありパリの観光で欠かせないスポットの宝庫です。
(セーヌ川左岸からシテ島・ノートルダム大聖堂を望む)
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初期ゴシック建築の最高傑作と言われる、パリ・カトリックの総本山「ノートルダム大聖堂(Cathédrale Notre-Dame)」はパリ屈指の観光名所です。
1163年、聖母マリアを称える目的で、司教モーリス・ド・シュリーによって、現在にみられる建築物が着工され、1225年に、全長127.50m、身廊の高さは32.50m、幅は12.50mと、それまでにない壮大なスケールの大聖堂が完成しました完成しましたが、ファサードを構成する双塔は1250年に至るまで工事が続けられました。
(ノートルダム大聖堂)
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(ノートルダム大聖堂のファザード)
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そして、ヴィクトル・ユーゴーの名作『ノートル・ダム・ド・パリ』やナポレオンの戴冠式など、パリの歴史を850年見守り続けてきました。
また、ノートルダム大聖堂の前は、パリから各都市への距離を表すときの起点となっています。
(大聖堂内部)
大聖堂内部は、中世ヨーロッパの「森」をイメージして作られているそう。確かに、森の中にいるような静謐な空気に包まれています。
尚、大聖堂内は写真撮影ができますが、フラッシュ撮影は禁止されています。
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(シャルルマーニュ大帝の騎馬像)
ノートルダム大聖堂前広場の南側にシャルルマーニュ大帝が従者を二人も従えた大きな騎馬像がありますが、日本ではカール大帝といった方が馴染みがありますね。
シャルルマーニュ大帝は、8世紀末から9世紀にかけてフランク王国国王と西ローマ皇帝を兼ねた人物で、フランス・ドイツ両国の始祖的英雄で「ヨーロッパの父」とも呼ばれます。フランク王国の最も隆盛だった時代を率いた大帝の栄華を讃えて、ここに置かれているようです。

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そして、シテ島の西側にあるコンシェルジュリー(Conciergerie)へ・・・。コンシェルジュリーは、かつての牢獄で、現在はパリのパレ・ド・ジュスティス(司法宮)の一部で、観光名所となっていますが、ここも外観を見ながら素通りしただけです。
(コンシェルジュリー)
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【再び、セーヌ川を渡り中心部へ】
セーヌ川沿いを歩いて行くと「ブキニスト(Bouquiniste)」が・・・。ブキニストとは、もともと「古本を売る人」という意味で、セーヌ川沿いに並ぶ古本やポスターや絵葉書などを売る屋台のような店のことでセーヌ川名物でもあります。
セーヌ川岸の中でも特に、ノートルダム寺院があるシテ島やそのすぐ隣のサンルイ島周辺に数多く見られます。
それぞれの店主は皆気まぐれで、開店時間や曜日は特に決まっておらず、好きな時間にやってきて店を開き、椅子に座って本を読んだり日向ぼっこをしたり居眠りをしながら店番をしています(笑)。
(ブキニスト)
 ブキニスト

再び、パリ市中心部の1区へ向かうと、可愛らしい装飾がされた地下鉄駅「ルーヴル=リヴォリ駅」が現れました。日本では、こんな地下鉄駅入口なんて発想することはあり得ないですよね。
(ルーヴル=リヴォリ駅)
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次に現れたのは、「コメディ・フランセーズ」ですが、ここも外観だけ見てパス。パリは見るところが多すぎて、全てのものをいちいち中まで見学するには無理です(;´▽`A``。
(コメディ・フランセーズ)
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なんだかんだ、夕方4時頃になったのでデパート「プランタン」へ行き、昨日壊したスーツケースの代替品を購入しました。想定外の出費は痛かったです(;>_<;)。

そして、スーツケースを置きに、一旦ホテルに戻り、少し休んでから夕食に出かけました。

店は、特に調べてきてなかったので、適当に探して、「ビストロ・バッファロー」という店で食べました。
尤も、フランス料理の苦手な私には何処でも一緒ですがネ。
また、日本料理の店も結構見掛けましたが、パリまで来て日本料理店に入る気もありませんしね。
(ビストロ・バッファローにて)
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何かと忙しい2日目が終わりました。兎に角、パリは見所が多すぎです(;´▽`A``。

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