2009年3月26日(木)

アルトゥーロ・ソリア・スウィート(マドリード) 8:30→トレド観光《トレド旧市街全景、カテドラル、サント・トメ協会、市街地散策、サン・マルティン橋》→ラ・マンチャ地方コンスェグラ《風車&コンスェグラ城・昼食》→ホテル・セラーノ(コルドバ)泊

今日は、いよいよトレド、そしてラマンチャです。

今朝の朝食もバイキング形式です。やっぱり、パンの種類が豊富で、しかも甘いパンが一杯。勿論、生ハムが本当に美味くて、どちらもついつい取りすぎ・・・。食べ過ぎは良くないとは思ってはいるのですがねえ。
DSC06698

出発前にホテルの前で写真を・・・。すると、ここにもドンキホーテの像があり、スペインとドンキホーテは切り離せないのを頭の中に叩き込まれているような気が・・・(笑)。
DSC06705 DSC06701

【トレド】
(トレド旧市街図)
DSC06777

古都トレドはスペイン中央部に位置します。三方をタホ川に囲まれた岩山に築かれた天然の要塞都市で、イスラム教・ユダヤ教・キリスト教の文化が入り混じった建築物が残り、旧市街全体が世界遺産として登録されています。
そして、トレドににまつわるエピソードに『もし一日しかスペインにいられないなら、迷わずトレドに行くべきである。』と言われるくらい有名な観光地です。。
トレドに到着して、まず最初に、タホ川の峡谷を隔ててトレドの全景を眺めましたが、まさに圧巻で、上記エピソードも納得しました。生まれてこのかた見たどの景色よりも素晴らしいかもしれません。本当に、いつまでも眺めていたい景色でした。


【ミラドール(トレド展望台)からタホ川越しにトレド全景を眺める】

トレドは北側を除く3方をタホ川に護られた丘の上にあります。「難攻不落の城塞」というのがトレドの別名です。トレドを占領するまで侵略軍の総帥はスペインを征服したと豪語できなかったそうです。
タホ川の東には、中世の城「サン・セルバンド城(Castillo de San Servando)」が見えますが、当城は、1088年にアルフォンソ6世により、修道院として建設され、後に、対イスラム勢力の防御の砦となりました。そして、現在ではユースホステルになっています。
それにしても見事な景観でした。一体どれだけ写真を撮ったことやら(*^_^*)。
DSC06723

トレド全景1

(アルカサルをズームアップ)
アルカサル

展望台でトレド全景を眺めたあと、我々の観光バスはサン・マルティン橋の北側に架かる橋を渡って旧市街へと入って行き、そこから旧市街散策となりました。
首都がマドリードに移るまで、政治・経済の拠点として繁栄したトレドは『16世紀で歩みを止めた町』とも言われるそうで、旧市街の迷路のような細い道の両側に古い建物がぎっしりと建て並ぶさまは、まさに中世の街そのものでした。
(迷路のような旧市街の細い路地)
路地2 路地1

さらにはスペイン12司教区の首位とされるカテドラルをはじめとして、サント・トメ教会など名だたる教会群もよく残り、まさにトレドはスペインの全歴史のルツボのような町です。マドリードから70kmほどと、比較的近いことから、日帰見学となりましたが、できれば旧市街に一泊して、ゆっくり散策したかったです。おそらく、一日中、散策しても全く飽きないでしょう。
(カテドラル)
スペインを宗教的に区分すると12の大司教区に分かれますが、トレドはこの首位です。スペインカトリックの本山ともいうべきカテドラル(大聖堂)は、1226年、聖王フェルナンド3世の時代に建設が始められ、それから250年以上たった1493年に完成したそうです。
カテドラル

(カテドラルの獅子の門)
フランドルからやってきてトレドに定住した後期ゴシックの巨匠アネキン・デ・ブルセーラスを中心に、兄弟で彫刻家のエガス・クエマン、その子エンリケとアントンのエガス兄弟らが11年の歳月をかけて造りました。アーチの部分には無数の天使や使徒が彫られ、タンパンの上部には、この門のテーマである「被昇天の聖母」の像が飾られています。
カテドラルの獅子の門

(サント・トメ教会)
14世紀のモサラベ様式のこの教会には、エル・グレコの最高傑作と言われる「オルガス伯爵の埋葬」が展示されています。
サン・ト・トメ・教会

(サン・ファン・デ・ロス・レイエス教会)
1476年のトロイの戦いでポルトガルに勝利したことを記念してカトリック両王が建立。ゴシックとムデハル様式をミックスしたイサベル様式です。
サン・ファン・デ・ロス・レイエス教会

(城壁)
トレド旧市街を囲んでいた城壁はタホ川沿いに今尚よく残っています。
城壁1

城壁2

旧市街を見学したあとは、サン・マルティン橋を通って城外へ出ました。サン・マルティン橋は、13世紀初頭にゴシック様式で建設されました。それから一世紀半後の1368年、カスティーリャの王位をめぐる、残酷王ペドロ1世と、その庶出の弟エンリケの戦いが起こり、その時中央アーチの部分が破壊されましたが、後に大司教テノリオの命によって修復され、今日に至ります。
(旧市街側からサン・マルティン橋を)
サンマルティン橋3

(サン・マルティン橋上から旧市街側を)
サンマルティン橋2

(城外からサン・マルティン橋を)
サンマルティン橋1

 

トレド旧市街見学のあとは、象嵌細工の店へ・・・。トレド地方は、象嵌細工が有名なのだそうです。象嵌にも金工、木工、陶製といろいろありますが、この地方では金工象嵌が特に有名なのだそうです。もともと金工象嵌は、シリアのダマスカスで生まれてシルクロード経由で飛鳥時代に日本に伝わったと言われているのだそうです。
(象嵌細工店)
DSC06808 DSC06807

【ラ・マンチャ地方へ】
次に向かったのは『ドン・キホーテ』の舞台になった風車のあるラマンチャ地方です。
コンスェグラの町が近づくと、小高い丘の上に風車と城塞が見えてきます。セルバンテスの名作『ドン・キホーテ』の舞台になった風車とコンスェグラ城です。
風車とコンスェグラ城 

11世紀末から12世紀初めにかけて、ラ・マンチャ地方は、キリスト教徒軍とイスラム教徒軍が奪ったり、奪い返したり、また奪われたりと、両軍の激戦の地でしたが、元アラブの要塞であったコンスエグラ城も、そんな中の一つであり、アルフォンソ7世により聖ヨハネ騎士団に与えられ、大幅に増改築されていったそうです。
登城出来るかと期待が高まりましたが、我が観光バスは、城を通り越して丘の頂上の風車下の駐車場まで登って行ってしまいました。
(コンスェグラ城と風車)
DSC06835

そこで、皆さんが風車の中を観光している間に城まで坂道を降りて行ったのですが、時間的に無理で、あと200mほどのところで引き返してくるしかありませんでした(;>_<;)。
DSC06838
そして、これらの風車が(もう一つ候補先があるそうです)、ドン・キホーテが巨人と間違えた風車だそうです。
勿論、11基並ぶ風車の光景もなかなかですが、丘の上から眺める360度のパノラマも素晴らしかったですよ。
001

002

昼食は少し離れた、プエルトラピセにあるレストラン兼お土産屋さんのドライブイン「ベンタ デル キホーテ(Venta del Quijote)」です。
かつては旅籠だったそうで、ドンキホーテを書いたセルバンテスも、泊まったことがあるそうで、入口の壁にドン・キホーテの絵が描かれ銅像も立っていました。
(ドライブイン「ベンタ デル キホーテ・Venta del Quijote)
DSC06848

さらには、中庭にもドンキホーテの像が立っていたので、今回の旅仲間S木さんご夫妻と記念写真を・・・。
DSC06849

DSC06858

昼食は、チキンシチューなどです。そして、デザートにはラ・マンチャの花というお菓子が・・・。これが結構いけ、全部食べてしまいました。
DSC06852

DSC06854

昼食後は、オリーブ畑の中をコルドバに向かってまっしぐら・・・。コルドバのホテル・セラーノには午後8時頃に到着。
DSC06865

DSC06870

夕食はスパゲティーボロネーゼと舌平目・・・。あまり美味くはなかったけど、祝辞を運んできてくれたお姉ちゃんが可愛かったのでよしとしましょう(笑)
DSC06875

DSC06878

トップページへ このページの先頭へ

コメント

この記事へのコメント

名前

メールアドレス

URL

コメント