2009年3月27日(金)

朝食前のコルドバ散策《アルカサル・ローマ橋(カラオーラの搭)》→ホテル・セラーノ(コルドバ)9:00→コルドバ観光《ユダヤ人街(花の小径など)・メスキータ》→セビージャ観光《マエストランサ闘牛場→昼食→カテドラル、ヒラルダの搭→アルカサル→サンタクルス街→スペイン広》→TRHホテル(ミハス)着

【コルドバ】
コルドバはスペイン南部のアンダルシア州にある都市で、コルドバ県の県都で、グアダルキビル川に面しています。古代ローマ帝国の重要な都市として発展し、中世時代は後ウマイヤ朝の首都として繁栄し、イスラム時代の文化を伝える建築物や街路が遺されています。
今朝の出発は少し遅めの9:00とのことで、朝食前に旧市街を散策がてらアルカサルまで歩くことにしました。ここコルドバも、中世の面影が色濃く残り、迷路のような細い道を、アルカサルに向かって、兎に角、南へ南へと歩きました。出勤時の人たちに会ったりしてスペインへ来ていることを実感。
(中世の面影が残る建物や路地を散策)
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【アルカサル】
このアルカサルは、レコンキスタ末期の15世紀末には、イスラム勢力最後の砦グラナダ(アルハンブラ宮殿)を攻略する拠点となった城であり、また、コロンブスは新大陸発見の資金援助を仰ぐためにこの城でカトリック両王と謁見しました。 
アルカサルの4隅には見張りの搭(うち3つはオリジナル、1つは再建)が備わっています。オメナッヘの塔は、北東角に位置する主搭で、平面図は8角形です。
朝早いのでアルカサル内へは当然入れませんでした。また、復元工事中でもあり、城壁を南北両側から見ただけで帰ってくることとなりました(;>_<;)。
尤も、コルドバは、ローマ時代やイスラムの時代には城壁に囲まれた大城塞都市であったようですが、それらの城壁は後続の文明によって、略奪と改造が加えられ、かなり消滅しているようで、復元工事が終わればともかく、この時点では、城フェチの私でさえ、この街の見所は、やはり、イスラム教とキリスト教が共存する大聖堂「メスキータ」とその北西に広がる「ユダヤ人街」の2つだと思いました。
(オメナッヘの搭と城壁を北側から)
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(オメナッヘの塔と城壁を南側から)
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レオン(ライオン)の塔は、北西角に位置する4角形の搭で、おそらく最も古いものと思われます。また、城壁前に、傘をさした紳士のオブジェが・・・。オシャレ~!!
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また、復元工事のために石が積まれて置かれていました、また入れないようになっています。
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グアダルキビル川の方へ廻ってみると、勝利のアーチ(Arco del Triunfo)があり、その前からローマ橋が架かっています。これほどの橋が古代ローマ時代の紀元前1世紀に造られたなんて本当に驚きです。日本の歴史の浅さを痛感しました。
(勝利のアーチ・Arco del Triunfo)
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ローマ橋・Puente Romano
グアダルキビル川に、勝利のアーチの前から橋が架かっています。ローマ橋です。こんな立派な橋が紀元前1世紀の古代ローマ時代にあったとはねえ。スゴイ!橋の遠く向こうに見えるのはカラオーラの搭(Torre de la Calahorra)です。DSC06905

(馬車が!!)
それよりも何よりも驚いたのが、出勤時間帯で込み合うのに、グアダルキビル川沿いの道が工事中で1車線塞がれた残りの一車線の道を馬車がゆっくり通り、その後ろに車がいっぱいつっかえていたことですw(*゚o゚*)w。クラクションを鳴らすこともなく、のんびりとしていたことです。日本では考えられませんね(*^_^*)
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時間が無くなったので、帰りはタクシーに乗ったら帽子を忘れてしまいました。旅行前にも無くしたので、1週間で2個も無くしたことになります。ウーム・・・(/。ヽ)。

朝食後、我々のツアーはコルドバの「メスキータ」と「旧ユダヤ人街」へ・・・。

【旧ユダヤ人街(花の小径)】
まずはユダヤ人街です。旧ユダヤ人街へは旧市街を取囲む城壁にある城門から入場します。
(旧市街を取囲む城壁)
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(ユダヤ人街への入場門)
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メスキータの北西に広がる「旧ユダヤ人街」は、セビージャのサンタ・クルス街と同様、かつてはユダヤ人が暮らすエリアだったのですが、レコンキスタ後にユダヤ人追放令が出たことにより彼らは姿を消すことになりました。迷路のような細い路が入り組んでおり、白い壁の家が建ち並んでいます。
(白い壁の家が建ち並ぶ旧ユダヤ人街へ)
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アンダルシア地方は美しいパティオ(中庭)のある家々が数多くあることで有名ですが、中でもコルドバは、「パティオ(中庭)が美しい」ということで有名で、毎年花がきれいに咲く5月に催される「パティオ・コンクール」では多くの観光客で賑わうそうです。
(パティオ・中庭)
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その中でも人気のスポットが「旧ユダヤ人街」の「花の小径」とよばれるエリアですが、人がすれ違うのがやっとの小径の両側の白い壁の家々には鉢植えの花が美しく飾られ、背後にはメスキータのアルミナールの塔(ミナレット)が見えます。
(花の小径) 
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【メスキータ】
メスキータとは、スペイン語でモスクという意味ですが、一般的には固有名詞として、コルドバにあるこのカトリック教会の司教座聖堂「コルドバの聖マリア大聖堂を指すようです。
後ウマイヤ朝を開いたアブデ・ラーマン1世により、バグダッドに負けない新首都にふさわしいモスクを造ろうと、785年に建設が始められ、コルドバの発展と歩調を合わせるように3回にわたって拡張され、ついには2万5千人を収容する大モスクが完成しました。
1234年にコルドバがカトリック教徒によって征服されたあと、徐々に姿を変えたメスキータは、16世紀の大改築により内部に礼拝堂を設けたりカテドラルが新設されて、カトリック教会の教会堂に転用され、メスキータはイスラム教とキリスト教、2つの宗教が同居する世にも珍しい建築となりました。
とはいえ、その2つの宗教が共生しているわけではなく、現在のメスキータはあくまで聖マリア大聖堂であって、モスクではありません。イスラム教徒が個人的に礼拝を捧げることは自由ですが、キリスト教徒たちのように、集団で祈りを捧げる機会はありません。

まず、アルミナールの塔とオレンジの中庭から見学して行きます。
アルミナールの塔はモスク時代はミナレットとして、現在は大聖堂の鐘楼として利用されています。
オレンジの中庭にはオレンジや椰子の木、糸杉などがたくさん植えられており、周りをアーチが美しい回廊に囲まれています。
(アルミナールの塔とオレンジの中庭とその周りを囲む回廊)
アルミナール1 アルミナール2
メスキータ内へはシュロの門(栄光の門)から入場します。中庭と建物の間にある回廊のアーチは大聖堂の改造時に、ほとんどが塞がれてしまいましたが、その中でシュロの門(栄光の門)は塞がれなかったアーチのひとつです。
(シュロの門・栄光の門)
シュロの門 
メスキータの一番の見どころは、「円柱の森」とも呼ばれる無数の柱がイスラム教徒たちの祈りの場を作りだしている礼拝の間でしょう。
実はこの柱、カルロス1世による大改造の際に150本ほどが引き抜かれてしまったそうです。さらには、周囲は前庭へとその祈りの場がつながるように広く開放されていたのですが、その開放口もいくつかが閉ざされてしまったそうです。
それでもなお、1000本近い柱と柱の上につながる赤と白の縞々の連続するアーチのさまは圧巻です。
(礼拝の間・円柱の森)
礼拝の間

そして、イスラム文化とキリスト教文化が混在するメスキータは、他にも見応えのあるものがいっぱいありますが、教会等にはあまり興味のない私には、どれが何かほとんど分からないまま見て廻り、適当に写真だけ撮って帰って来ました(;´▽`A``
(ミフラーブ)
イスラム教徒が祈りを捧げるメッカの方向を示すくぼみです。馬蹄形のアーチは金のビザンチン・モザイク施された透かし彫りなどが豪華で、周囲にはコーランの一節が刻まれています。
ミフラーブ

(マスクラ)
高窓から光が差し込む高いドームでミフラーブを強調する空間
マスクラ

(聖体顕示台のあるサンタテレサ礼拝堂)
ミフラーブの隣にあるサンタテレサ礼拝堂は聖具室(宝物室)として利用されており、中央には金と銀の豪華な聖体顕示台が展示されています。
サンタテレサ礼拝堂聖体顕示台

(中央礼拝堂)
メスキータでひときわ高く聳えたちますこの礼拝堂の建築が始まったのは、コルドバがキリスト教徒の手に戻ってから約300年後となる16世紀とのこと。
中央礼拝堂

メスキータ見学で、コルドバ見学は終了です。
確かに、コルドバは、メスキータに代表されるようにキリスト教・イスラム教・ユダヤ教の3つの宗教が共存している特殊な街で、街の建造物や文化などもこの3つの宗教が絶妙に交差しているという、独特の文化をもつ街でした。
コルドバ観光が終わり、次の観光地セビージャへ向かう途中、アルカサルの脇を通ると、アルカサルの西側には立派な濠と城壁が見えましたが、残念ながら団体ツアーのパスの中です(;>_<;)。
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【セビージャ】
スペインというとアンダルシアの光り輝く国を想像します。セビージャは、そのアンダルシアの州都でありスペイン第4の都会ですが、その想像に違わず、まだ3月末だというのに、真っ青な空のもと32℃という暑さでした(;´▽`A``。何と夏には40℃を越すそうですw(*゚o゚*)w。。
闘牛やフラメンコの本場で、スペインを代表する観光都市で、カテドラルとヒラルダの塔、アルカサル、サンタクルス街、スペイン広場など見どころがいっぱいです。
古くは西ゴート王国の首都であったセビージャが、ジブラルタル海峡を渡って来たモーロ人に征服されたのは712年のことです。以降、500年以上にわたって町はイスラム文化繁栄の舞台となりました。
コルドバ・カリフ帝国が崩壊した1070年には、それまで半島の首府であったコルドバを併合するほどの力をつけていました。ヒラルダの塔や黄金の塔など、現在も残るイスラム建築物は、この時代に建造されたものです。
しかし、レコンキスタが圧倒的な勢いで拡大した13世紀中頃、ついにセビージャからイスラム勢力が一掃されてしまいました。
その後、セビージャはキリスト教徒によって、コロンブスが発見した新世界(アメリカ大陸)との交易独占権を確保し、ヨーロッパ最強国の地位を確立しつつあったカスティーリャ王国の繁栄を支える町となりました。

ところで、私は今までセビージャのことを、セビリヤもしくはセビーリャかと思っていましたが、スペイン人にはそれでは分からないそうです。

我々の乗った観光バスは、コルドバを出てから2時間弱ほどでセビージャのマエストランサ闘牛場の前に到着しました。
マエストランサ闘牛場は外観を見るだけしか出来ませんでしたが、近くには真っ赤な花が咲き、真っ白な壁と黄色の窓枠の美しい闘牛場、さらには真っ青な空とのコントラスト、「これぞスペイン(アンダルシア)」という雰囲気を醸し出し、強い印象が残りました。
(マエストランサ闘牛場)
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セビージャでは、まずレストラン「HORACIO」で昼食を・・・。サラダ、ローストビーフ、デザートです。
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食後、外へ出るとスタイル抜群の大変な美人が待っていましたが、それが何と、これから出掛けるカテドラルを案内してくれるガイドさんなのだそうです(*^_^*)。レストランの前で、彼女を真ん中に、S木さんの奥さんと家内の記念写真を・・・。
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【セビージャ大聖堂とヒラルダの塔】
さて、食後、最初に向かったのはセビージャ大聖堂(カテドラル)です。セビージャ大聖堂は、奥行き116m幅76m、高さ37mもの巨大建築物で、スペイン最大、世界3位の大きさを誇ります。ちなみに1位はバチカンのサン・ピエトロ大聖堂、2位はロンドンのセント・ポール大聖堂だそうです。
(セビージャ大聖堂とヒラルダの塔)
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大聖堂前の広場には、観光客用の馬車がいっぱいたむろしていました。
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セビージャ大聖堂に隣接する高さ97mのヒラルダの塔は、1198年に建てられたモスクのミナレットの上部に鐘楼を継ぎ足したもので街の象徴となっていますが、ミナレットをアラベスク模様の壁面はそのままに、1568年ルネサンス様式のバルコニーとブロンズの女神像を付け足したそうです。
28個の鐘がある鐘楼へは、階段ではなく螺旋状のスロープを登って行きます。
(ヒラルダの塔と先端部鐘楼の鐘)
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高さ70mの展望台からは、眼下にセビージャの街並みが広がり、アルカサルや先程見た闘牛場などが見えます。
(マエストランサ闘牛場を)
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アルカサルを見下ろす)
背後、森の向こうの方にはスペイン広場の建物や塔なども見えます。
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セビージャ大聖堂内は、絵画・彫刻・ステンドグラス・祭壇・金銀細工等々見どころ一杯です。
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中でも、有名なのが、コロンブスの墓所や黄金の祭壇衝立です。
(コロンブスの墓所)
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(黄金の祭壇衝立)
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【サンタクルス街】
セビージャ大聖堂見学のあとは、サンタクルス街散策です。サンタクルス街とは、アルカサルの北側に広がる、かつてのユダヤ人街で、レコンキスタ後の1492年にユダヤ人が追放されてからは、セビージャの貴族が住みつきました。
迷路のように入り組んだ細い道には白壁の家々が並び、バルコニーには花が飾られています。そして、所々に広場があり、飲み物や音楽を楽しむ市民でいっぱいです。
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サンタクルス街散策後、アルカサルの南東にあるアルカサル庭園の城壁に沿ってバスが待っているムリーリョ公園の方へ向かうと、モニュメントが・・・。新大陸発見記念塔だそうで、塔の中央部にある船はコロンブスの船だそうです。
そして、次はバスに乗ってスペイン広場へと・・・。
(アルカサル庭園の城壁)
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(新大陸発見記念塔)
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【スペイン広場】
スペイン広場は、かつてサン・テルモ宮の庭園の一部であったマリア・ルイサ公園内にある。1929年に開かれたイベロ・アメリカ博物館の会場として建築家アニバル・ゴンザレスによって造られました。
建物のアーチの下には、スペイン各県の特徴や歴史が描かれた58のタイル画があり、ベンチが置かれています。
尚、スペイン広場という名前の広場は各地にあるようですが、このセビージャの広場が最も素晴らしいようです。
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スペイン広場で本日の観光終了です。
今日の宿泊先のミハス(Mijas)には午後8時半頃到着しました。ミハス(Mijas)はコスタ・デル・ソル海岸を見下ろす小高い山の中腹にある白い美しい村です。
ミハスの宿泊ホテルは、今回の旅行で一番素晴らしいリゾートホテルでした
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部屋もなかなかでしたが、何よりも、ホテルからの眺望が最高でした。
(ミハスの宿泊先TRH MIJASに到着後部屋にて)PM8:40
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(食後、ホテル屋上からの眺望を)PM10:00
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明日のミハス散策が楽しみで~す。

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