富岡八幡宮(とみおかはちまんぐう)

東京都最大の八幡宮、日本最大の神輿と水かけ祭りで有名、大相撲発祥の地

永代通りから富岡八幡宮を望む
 

所在地

江東区富岡1-20-3

社格等

旧府社、別表神社

祭神

応神天皇(誉田別命) 外8柱

拝観

境内無料

写真撮影日

2009/07/03
2010/07/28
2010/08/13
2010/08/14

歴史等

富岡八幡宮は寛永4年(1627)、菅原道真の末裔といわれる長盛法印が霊夢に感じ、 当時は永代島と呼ばれていた現在地に創建されたと伝えられる。周辺の砂州一帯を埋め立て、社地と氏子の居住地を開き、総じて60, 508坪の社有地を得た。
江戸時代には、徳川将軍家は源氏の流れを汲むとされ、源氏の氏神である八幡宮を殊の外尊崇し手厚い保護を受けた。
また、町民層にも「深川の八幡様」と親しまれ、今も昔も変わらぬ信仰を集める「江戸最大の八幡様」である。
明治以降の社格は、延喜式神名帳に記載がないため府社と決して高いものではなかったが、勅祭社に準ずる准勅祭社に治定され、 依然尊崇を受けた。
そして、庶民の信仰は江戸の昔から大きな歴史の変転を経て現代に至まで変わることなく篤く受け継がれている。
毎年8月15日を中心(今は8月15日に最も近い日曜日)に行われる祭礼は、深川八幡祭と呼ばれ、江戸時代から、赤坂の日枝神社の山王祭、 神田明神の神田祭と並ぶ「江戸三大祭」の一つに数えられる。江戸三大祭のそれぞれについて「神輿深川、山車神田、だだっ広いが山王様」 と言われてきたように、深川八幡祭は大小合わせて120余基の神輿が担がれる。 神輿のお清めと担ぎ手の暑さ対策のために次々に神輿に水がかけられることから、「水かけ祭り」の別名がある。
また、江戸勧進相撲の発祥の地としても知られ、しばしば境内で本場所も開催された。特に明治維新以降、幕府や大名家の加護を失った相撲界が、 神道色を鮮明にすることで生き残りをはかったためもあり、結びつきが強まった。 現在も新横綱誕生のおりの奉納土俵入りなどの式典が執り行われるほか、境内には横綱力士碑・大関力士碑・巨人力士碑等々、 相撲にまつわる数々の石碑が建っている。
『「パンフレット」、「富岡八幡宮 - Wikipedia」ほかより』

現況・感想等

富岡八幡宮は、東京では一番大きな八幡宮でもあり、正月には多くの初詣客で人が溢れる?
我が町の氏神さんでもあり、私も最近は、ほぼ毎年初詣に訪れる。
しかし、富岡八幡宮と言えば、まず最初に思い浮かべるのが「深川八幡祭」だろう。日本最大の神輿として有名な本社の一の宮神輿こそ、 あまりにも大きいが故に交通事情から、平成3年(1991)に初渡御が行われただけで神輿倉に展示されてしまってはいるが、 大小合わせて120余基の神輿が出て、多くの人が水を浴びながら神輿を担ぐさまは「勇壮なること天下無双」と称されるだけのことはある。
現在住んでいる我が町(豊洲)は、勿論、江戸時代には海の底であったわけだが、今では深川の一町として認められ、 氏子町として神輿が町内を廻ってくる。その様は、富岡八幡宮周辺ほどではないにしろ「水かけ祭」の名に恥じず、なかなか勇壮なものだ(^- ^)。
もう一つは、大相撲発祥の地としての富岡八幡宮であろう。境内には、横綱力士碑・大関力士碑・巨人力士碑等々、 相撲にまつわる数々の石碑が建てられている。
また、江戸時代の偉大な測量家である伊能忠敬の像もある。

ギャラリー

本殿

神輿庫
2基の御本社神輿が飾られている。ガラス張りのため、反射で写真が上手く撮れない。
富岡八幡宮には、元禄時代に紀伊国屋文左衛門が奉納した総金張りの3基の神輿があったが、関東大震災で焼失してしまった。以来、 御本社神輿復活は長年の念願であったが、平成3年になり佐川清氏(佐川急便前社主)より一の宮神輿が奉納された。この神輿は台輪幅1.5m、 屋根の最大幅2.9m、重さ4.5トン、鳳凰の胸には7カラットのダイヤモンドをはじめ、 装飾の各所に宝石を配した日本一の大きさと豪華さを誇る。 しかしながら、その大きさゆえに担ぐことがかなわない為、平成9年に、 新たに二の宮神輿が製作され、同年の例大祭において氏子町内を巡幸した。

伊能忠敬像
境内には、江戸時代の偉大な測量家である伊能忠敬の像がある。伊能忠敬は、当時深川界隈に住居を構え、 測量の旅に出かける際は、安全祈願のために、富岡八幡宮に必ず参拝に来ていたことから、2001年に当八幡宮の境内に銅像が建立された。

横綱力士碑
大相撲発祥の地であり、境内には力士にまつわる碑が多く立っている。この写真は、本殿脇裏に立つ、 横綱力士碑などである。歴代の横綱力士と強豪大関雷電爲右エ門を顕彰している。12代横綱陣幕久五郎が発起人となって、明治33年 (1900)に完成。縦3.5m、厚さ1m、重さ20トンの白御影石で、正面に宮小路康文の揮毫で碑銘、 裏面に初代明石志賀之助以降の横綱力士と、「無類力士」として雷電の名が並ぶ。また、他に、超五十連勝力士碑(左写真の左端)、 出羽海一門友愛之碑(左写真の右手前)も建てられている。
 

㊧大関力士碑と巨人力士碑、㊨迦ヶ嶽等身碑と巨人力士手形(足形も)碑
大関力士碑は、正面参道へ入ってすぐ右手にある大関名の刻印は最近の分がメンテされていないようだ。また、 その左手には巨人力士碑があり、その奥には強豪関脇力士碑も建てられている。そして右手前には(写真右)には、迦ヶ嶽等身碑 があり、 その奥には巨人力士手形(足形も)碑も建てられている。
 

【初詣】
富岡八幡宮は、 東京では一番大きな八幡宮でもあり、正月には多くの初詣客で人が溢れる。多くの人が、すぐ隣にある深川不動とセットでお参りするようだ。
 

【深川八幡祭】
富岡八幡宮と言えば、 まず最初に思い浮かべるのが「深川八幡祭」だろう。日本最大の神輿として有名な本社の一の宮神輿こそ、あまりにも大きいが故に交通事情から、 平成3年(1991)に初渡御が行われただけで神輿倉に展示されてしまってはいるが、大小合わせて120余基の神輿が出て、 多くの人が水を浴びながら神輿を担ぐさまは「勇壮なること天下無双」と称されるだけのことはある。但し、私は、 あまりの暑さと人込みを避けるため、最も盛り上がる最終日は行ってないので大きなことは言えないが・・・。
(富岡八幡宮前にて)
この写真は、祭初日の夕方なので、人は割り合い少ない。
 

(我が町・豊洲にて)
深川の新興地?豊洲でも結構盛り上がり、まさに「水かけ祭」の面目躍如だ。㊨は、我が家(マンション) から見下ろしたもの。
 

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