高徳院 清浄泉寺(こうとくいん しょうじょうせんじ)

鎌倉のシンボル「鎌倉大仏」でお馴染みの浄土宗の寺院

鎌倉大仏
27鎌倉大仏1 27か鎌倉大仏殿高徳院970308

正式名称

大異山 高徳院 清浄泉寺 (だいいざん こうとくいん しょうじょうせんじ)

別称

鎌倉大仏

宗派

浄土宗

山号

大異山

本尊

阿弥陀如来

開基

不詳

札所等

鎌倉三十三観音23番

文化財等

【国宝】 銅造阿弥陀如来坐像(大仏)
【史跡】 境内一帯が「鎌倉大仏殿跡」の名称で国指定史跡

歴史等

高徳院は、鎌倉のシンボルともいうべき「大仏」を本尊とする寺院である。開山、開基は不明で、大仏の造像の経緯についても不明な点が多い。
初期は真言宗で、鎌倉・極楽寺開山の忍性(にんしょう)など密教系の僧が住持となっていた。
その後、臨済宗に属し建長寺の末寺となったが、江戸時代の正徳年間(1777~1716)に江戸・増上寺の祐天上人により再興されて以降は浄土宗に属し、材木座の光明寺(浄土宗関東総本山)の末寺となっている。
阿弥陀如来坐像(大仏)は、像高約11.3m、重量約121tと、規模こそ奈良東大寺の大仏(盧舎那仏)に及ばぬものの、ほぼ造立当初の像容を保っている。
建長4年(1525)に、その造立が開始された。制作には僧・浄光が勧進した浄財が当てられたとも伝えられているが、創建当時の事情には不明な部分が多く、未だ尊像の原型作者すら特定されるに至っていない。
当初、尊像を収めていた大仏殿については、建武元年(1334)と応安2年(1369)の大風と明応4年(1495)又は明応7年(1498)の大地震による津波によって流され、以後、露坐となった。尚、大仏殿は高さ40mにもなる巨大なものだったという。

ギャラリー

27鎌倉大仏2

27鎌倉大仏3

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