成田山新勝寺(なりたさんしんしょうじ)

正月の初詣客数全国2位を誇るお不動さん

成田山新勝寺本堂前広場から本堂(左奥)と三重塔(右手前)を
 

正式名称

成田山 明王院 神護新勝寺(なりたさん みょうおういん じんごしんしょうじ)

別称

成田不動、成田山

所在地

成田市成田1番地

宗派

真言宗智山派大本山

山号

成田山

本尊

大聖不動明王

開基

寛朝僧正

札所等

関東36不動霊場36番札所

文化財等

【重要文化財】 光明堂、釈迦堂、三重塔、仁王門、額堂

写真撮影日

2004/01/11
2010/01/11

歴史等

成田山新勝寺は平安時代中期に起きた平将門の乱の際に、寛朝大僧正が朱雀天皇より乱平定の密勅を受け、天慶2年(939) 弘法大師が敬刻開眼された不動明王を奉持し難波の津の港(現大阪府)より海路を東上して、尾垂ヶ浜(山武郡横芝光町)に上陸し、 更に陸路を成田の地に至り、天慶3年(940)乱平定のため平和祈願の護摩を奉修したことに始まる。
大任を果たした大僧正は再び尊像とともに都へ帰ろうとしたが不思議にも尊像は磐石のごとく微動だにしない、やがて「我が願いは尽くる事なし、 永くこの地に留まりて無辺の衆生を利益せん」との霊告が響いた。これを聞いた天皇は深く感動し、国司に命じてお堂を建立し「新勝寺」 の寺号を授与し、ここに東国鎮護の霊場として「成田山」が開山された。
その後、新勝寺は戦国期の混乱の中で荒廃し、江戸時代までは寂れ寺となっていた。
江戸時代になると、江戸城下でたびたび成田不動の「出開帳」が行われた。また、歌舞伎役者の市川團十郎が成田不動に帰依して「成田屋」 の屋号を名乗り、不動明王が登場する芝居を打ったことなどもあいまって、成田不動は庶民の信仰を集め、成田参詣が盛んとなった。
『「大本山成田山ホームページ」、 「ウィキペディア」 より』

現況・感想等

成田山へは、偶然にも2004年と2010年の同じ1月11日に参詣したが、初詣客数が、明治神宮に次ぐ全国2位、 千葉県内1位だけあって、正月も11日になったというのに、多くの参拝客で賑わっていた。
伽藍の多くが、妙に真新しい感じで、古刹というには・・・。お寺=古い=有難味という感覚は私だけ?
成田は鰻も有名で、中でも最も有名だという「川豊」 へ入った。店は凄い数のお客さんで大混雑だったが、味の方はもう一つだったのは残念だ。
(2004/01/11、2010/01/11訪れて)

ギャラリー

総門
平成20年(2008)建立。全山の浄域を結界する総門は、十六体の獅子頭、十二支の蟇股により荘厳され、 楼上には、「生まれ歳守り本尊」八体仏が奉安されている。

仁王門(重文)
天保2年(1831)再建された。左右に密迹(みっしゃく)金剛、那羅延(ならえん)金剛の2尊、 裏仏には広目天、多聞天の2天が奉安されており、大提灯(800kg)は、寺門の守護の役目をはたしている。

鐘楼
元禄14年(1701)建立され、幾度もの修復を経ている。毎日、明け方と正午夕方に梵鐘が撞かれる。 現在の梵鐘は、人間国宝に認定された香取正彦氏により、昭和43年に大本堂建立を記念して鋳造された。

一切経蔵(成田市指定文化財)
享保7年(1722)建立され、文化6年(1809))に再建された。その後4回に亘り修復を重ねられた。 堂内には、中央に「一切経」約五千巻が納められた輪蔵が設けられ、賓頭廬尊者と輪蔵を創案した傅大士が祀られている。 正面の扁額は松平定信公の筆によるもの。

三重塔(重文)
正徳2年(1712)建立。塔の高さは約25m。塔内には五智如来を奉安し、 周囲に十六羅漢の彫刻がめぐらされている。

聖徳太子堂
平成4年(1992)建立。わが国の仏教興隆の祖として崇められる聖徳太子の「和を以て貴しとなす」 の理念にもとづき、世界平和を願って建てらたそうだ。

本堂
昭和43年(1968)建立。 弘法大師によって敬刻開眼された不動明王を本尊として成田山で最も重要な御護摩祈祷を行う道場である。

釈迦堂(重文)
安政5年(1858)建立された前本堂で、釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩薩、千手観世音菩薩、 弥勒菩薩が奉安されている。堂の周囲には五百羅漢や二十四孝の彫刻がはめこまれている。

光明堂(重文)と平和大搭
光明堂(左手前)は、元禄14年(1701)建立されたもので、旧本堂である。 本尊として真言密教の教主である大日如来が奉安されている。堂の高さは約15m。周囲には朱漆が塗られ、屋根は入母屋造り瓦葺き。
平和大搭(右奥)は、昭和59年(1984)建立。二重基壇、内部五層、層高58.1mという巨大な仏塔で、境内に入るとやたらと目立つ!

【鰻】
成田は鰻も有名で、中でも最も有名だという「川豊」 へ入った。店は凄い数のお客さんで大混雑だったが、味の方はもう一つだったのは残念だ。
 

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