獨鈷山普門院西明寺(どっこさんふもんいんさいみょうじ)
左から楼門(重文)、三重塔(重文)、鐘楼

正式名称
獨鈷山普門院西明寺(どっこさんふもんいんさいみょうじ)
所在地
栃木県芳賀郡益子町大字益子4469、電話0285-72-2957
宗派
真言宗豊山派
山号
独鈷山
本尊
十一面観音
開基
行基
札所等
坂東三十三箇所第20番札所
文化財等
【国重要文化財】
楼門、三重塔、本堂内厨子
【栃木県指定文化財】
本堂、鐘楼、木造閻魔大王坐像(笑い閻魔)・両脇侍像他
拝観
自由
写真撮影日
2009/02/19
歴史等
西明寺の縁起によれば、天平9年(737)、行基が十一面観音を刻み、安置したのが草創で、紀有麻呂によって建立され、天平11年
(739)落慶供養が行われたと伝えられる。
延暦元年には一山12坊を数えて隆盛を極め、また延喜5年(905)栄山師によって観音像が修造された。
その後、兵火などによりたびたび焼失したが、宇都宮氏・益子氏の援助によりそのつど再建された。江戸時代には江戸幕府から朱印状が与えられ、
元禄14年(1701)には本堂が再建、正徳4年(1714)には閻魔堂が建立、享保7年(1722)には鐘楼が再建されて現況となった。
『西明寺ホームページ他参照』
現況・感想等
西明寺は、益子焼で有名な益子町の南東の高館山の山腹にある。
西明寺から背後に続く高館山は、宇都宮氏の臣で紀党と呼ばれ活躍した紀姓益子氏の詰の城であった。
西明寺へは、その西明寺城址に登るためについでに寄ったのだが、
正直言って、こんな田舎(失礼)の、しかも山中に、これほどの建築物が残っているのに驚いた(^^)
(2009/02/19訪れて)
ギャラリー
境内への石段
石段を登って行くと、正面上に楼門、左上に三重塔が見えてくる。こんな田舎(失礼)の、しかも山中に、
これだけ立派な建物が残っているのには、意外というよりも驚きであった。
楼門は明応元年6月2日(1492)建立。純唐様式三間一戸重層入母屋造茅葺きである。礎盤の上に立てられた柱は32角造り、
左右のそくしつは前後に区切られ前室剛柵の中に金剛、仁王像を安置している。

本堂
楼門をくぐると正面に本堂が見える。
三重塔(重要文化財)
天文7年2月吉日(1538)西明寺城主益子家宗の建立。和様、折衷、唐様の三様式、三間三層造り、
目板打の板屋根銅板葺きである。三層とも柱間が三間である。初層二層は和様尾捶であり、軒回りは初層繁捶、二・三層は扇捶で、
隅木は初層のみ和様で他は唐様であり、その手法は優美でそれぞれの建築様式の特徴をよく発揮している。屋根を銅板葺きとするのが珍しい。
