2015/06/19(金)

トームペア城早朝散策、パーク・イン・バイ・ラディソン・メリトン(タリン)9:30→タリン(旧市街中心部&聖ニコラス教会)タルトゥ(ラエコヤ広場、トーメの丘大聖堂、タルトゥ大学、聖ヨハネ教会)→ホテル・トモ(リガ)泊

【タリン】
エストニアの首都「タリン」の旧市街は、周囲を約2.5kmの城壁に囲まれた城塞都市で、支配者や貴族が居を構えたトームペア城のある「山の手」と商人や職人たち市民が住んだ「下町」からなります。
(ライン旧市街絵図)
タリン絵図

我々が宿泊したホテル「パーク・イン・ラディソン・メリトン・タリン」は、ラッキーなことに高台にある「トームペア城」のすぐ東麓にあったので、早目に朝食をとったあと、トームペア城のある山の手地区を散策することができました。
朝食は、バルト海があるからでしょうか、魚介類も多く、美味しくて、またまた食べ過ぎです。
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【早朝散策(トームペア城)】
エストニアは地形が平坦で、タリンも多くは平坦ですが、トームペア城(現国会議事堂)のある丘だけは、ちょっとした高台にあります。
(トームペアの丘の絵図)
トームペア絵図_5

トームペア城・現国会議事堂)
トームペア城

トームペアの丘は周囲を城壁に囲まれ、中でも城の東側は城壁も高く、その城壁の下もいわゆる切岸なのでしょう、強烈な急崖になっており、比高差30~40mほどしかないとはいえ、なかなかの堅城です。
(のっぽのヘルマン塔と城壁と急崖)
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城壁には「のっぽのヘルマン塔」をはじめ、他にも多くの塔が残っています。これらの城壁と塔は、見応えがあると同時になかなか絵になります。
(トームペアの城壁と塔)
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(トームペアの城壁とアレクサンドルネフスキー教会)
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また、トームペアの丘には、トームペア城(現国会議事堂)の真ん前にあるロシア正教の「アレクサンドルネフスキー教会」や「大聖堂」があります。
(ロシア正教会・アレクサンドルネフスキー教会)
アレクサンドルネフスキー教会
基本的に、エストニアの宗教はプロテスタントのようですが、お城の真ん前にロシア正教の教会があるというのは、長い間、ソ連に占領されていたからでしょうが、やっぱり違和感がありますよね。

【タリン旧市街中心部へ】
さて、今日のツアーの行程は、まずタリン旧市街へ入る「ヴィル門」から旧市街のメイン通り「ヴィル通り」を通り、旧市街中心にある「ラエコヤ広場」を通って、「聖ニコラス教会」を見学です。
(ヴィル門)
ヴィル門
(ヴィル通り)
ヴィル通り
(ラエコヤ広場)
ラエコヤ広場 
【聖ニコラス教会】
聖ニコラス教会

聖ニコラス教会は、元々、船乗りの守護聖人ニコラスに捧げられた教会だそうですが、現在は博物館とパイプオルガンのコンサートホールとして使われているのだそうです。
展示品としては、ヘルメン・ローデによる「主祭壇」とベルント・ノヘの「死のダンス」が見ものなのだそうです。尚、今回は、めったに公開されないという、主祭壇の一番内側の40体の聖人像も見ることができました。
(主祭壇)
主祭壇

(死のダンス)
死のダンス

(40体の聖人像)
40体の聖人像

聖ニコラス教会見学後、ヴィル通りで中世の服装をした美人が、スペインでよく見掛けたAlmendra Garrapinada(アルメンドラ・ガラピニャーダ)を売っていたのでゲット。美人に釣られただけでなく、結構、この菓子好きなんです(笑)。
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タリンは、後日、再度ゆっくりと観光するので、今日は以上をさっと見ただけで、次の観光地「タルトゥ」へ向かいました。

【タルトゥ】
タルトゥは、エストニア第2の都市で、「精神的首都」とか「エストニアで最もエストニアらしい町」とも称されます。
首都のタリンが政治・商業の中心であるのに対して、エストニア最古の大学があるタルトゥはエストニアの学問・文化の中心地であり、南エストニアの中心都市です。
タルトゥに到着後、まず、昼食でしたが、そのレストランの内装がユニークというか幻想的でした。
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メインディッシュは、北欧やドイツなどに多い、ニシンの酢漬けで私の好物でした。
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タルトゥでは、ラエコヤ広場、トーメの丘、大聖堂、タルトゥ大学、聖ヨハネ教会を廻りましたが、いずれも事前勉強不足だったこともあり、印象は薄いです( ̄ー ̄;。
尚、ラエコヤ広場は、タリンにもありましたが、ラエコヤ広場(Raekoja plats)とはエストニア語で市庁舎広場の意だそうで、こちらのラエコヤ広場もタルトゥの市庁舎前にあり中心的存在です。広場の中央には傘をさして男女がキスをしている洒落た像の噴水があります。
(ラエコヤ広場)
ラエコヤ広場1

(傘をさして男女がキスをする像の噴水)
傘をさして男女がキスをする像の噴水

また、市庁舎も赤・ピンクの外壁に茶色の屋根があり、屋根の上には時計塔がついた可愛らしい建物です。
(タルトゥ市庁舎)
市庁舎

そこから、トームの丘へ向かうと左手にトーメの丘(要塞跡)の城塁(復元かも?)とその前に大砲が陳列されています。タルトゥは、1030年にバルト地方へ進出したキエフ大公・ヤロスラフ1世が、街の背後の「トーメの丘」に砦を築いたので、その名残であるとともに象徴するものでしょう。
トーメの丘・要塞跡の城塁とその前に陳列された大砲)
大砲
さらにトーメの丘を二分するロッスィ通りを進むと、通りに架かる「天使の橋(エンジェル・ブリッジ)」が現れます。1838年に築かれたもので、タルトゥ大学初代学長、G.F. パロットに捧げられたのだそうです。
(天使の橋)
天使の橋1

天使の橋2

尚、この道をさらに進むと「悪魔の橋」というのもあるそうですが、行きませんでした。こちらは、大分黒ずんでいるそうです。最初のエストニア共和国が誕生する5年前の1913年に完成し、かつてのロシア皇帝・アレクサンドル1世に捧げられたものだそうです。
トーメの丘の上に登り、左手へ向かっていくと「タルトゥ大学旧天文台」が現れます。タルトゥ大学旧天文台は、1810年にトームの丘の片隅にタルトゥ大学によって当時の最先端技術を取り入れて建設されました。
1820年から20年間、ドイツ人天文学者フリードリッヒ・フォン・シュトルーヴェがこの天文台の主任を務め、二重星と測地学の研究に業績を残しました。現在、「シュトルーヴェの2005年には、「シュトルーヴェの測地弧」の基点として、世界文化遺産の構成資産の一つに認定されています。
(タルトゥ大学旧天文台)
旧天文台

再び、「天使の橋」を渡って、ロッスィ通りの反対側の丘を行くと、「タルトゥ大聖堂跡」が現れます。「タルトゥ大聖堂跡」は、13世紀に建設が始まり、15世紀に完成したといわれるカテドラルです。
16世紀の宗教改革の争いで破壊され、廃墟となりましたが、1806年に東側が図書館に改築され、現在はタルトゥ大学歴史博物館になっています。
しかし、今なお、見るからに廃墟のような姿は廃墟好きの私にはたまらない魅力を感じます。
(タルトゥ大聖堂跡)
大聖堂跡1

大聖堂跡2-1 大聖堂跡2-2

次に、タルトゥ大学へ向かって行くと、大学横の建物の壁の窓がだまし絵のようになっていました。しかし、よく見ると、窓がモノクロ写真でできています(苦笑)。だまし絵は、チェコ、中でもチェスキークロムロフ城で随分見かけましたが、こういうのもまた面白いですね。
(だまし絵のようなモノクロ写真の窓の建物)
だまし絵の建物

そして、タルトゥ大学へ・・・。タルトゥ大学の本館は、1806年に建設されたギリシア式の円柱が並ぶクラシック様式の壮麗な建物です。
(タルトゥ大学本館正面の円柱とその向こうにモノクロ写真窓の建物)
タルトゥ大学とだまし絵の建物

中に入ると、卒業式だったようで、多くの若い人(多分学生さん)を見かけましたが、タルトゥ大学は、エストニアで最も優秀な学生が集まるという名門だそうです。
(タルトゥ大学内にて)
タルトゥ大学内

タルトゥ観光後は、国境を越え、ラトビアの首都「リガ」へ向かいましたが、途中の休憩場所にバイシクル・モトクロス(BMX)場があり、多くの若者が楽しんでました。ラトビアは、BMXが盛んな国のようです。
(バイシクル・モトクロス・BMX場)
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今日の宿泊地はラトビアの首都「リガ」にある「ホテル・トモ」です。
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夕食もホテル内のレストランでしたが、なかなか美味かったですよ。
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