2015/06/24(水)

パーク・イン・ラディソン・メリトン(タリン) →タリン郊外観光(歌の広場、ピリタ海岸、カドリオルグ公園、カドリオルグ宮殿)タリン市内観光(トームペアの丘、塔の広場、ラコエヤ広場、ヴィル門、スーパー、ふとっちょマルガレータ、塔、城壁、三人姉妹他) →夕食(レストラン) →パーク・イン・ラディソン・メリトン(タリン)泊

 

いよいよバルト三国観光の最終日です。
【タリン郊外】
まず向かったのは、タリン郊外にあり、何度かテレビで観たことのある「タリン歌の広場」です。
【タリン歌の広場】
「タリン歌の広場」とは、5年に1度開催されるユネスコ無形遺産「歌と踊りの祭典」の会場となる広場です。
ここにはエストニア人建築家が設計した、美しいアーチ型の屋根が印象的な野外音楽堂(1万5千人収容)があります。
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多くの民間伝承が民謡の形をとってきたエストニアでは、歌うことが自国の文化を表現する重要な手段として、今も大切に守られています。1869年には最初の「歌の祭典」が催され、大勢の人が集まり歌を歌うその行事は、国を代表する重要なものとなりました。
しかし、第二次大戦後、ソ連の配下にあった時代、人々はエストニア語の民謡を歌うことを禁じられ、代わりにスターリンやレーニンを賛美する歌を歌わせられたのです。
それでも人々は、エストニア人であることを誇りとし、1980年代後半、ソ連崩壊の兆しと共に独立の機運が高まり、暴力ではなく合唱を通して自由を獲得しようという動きが始まりました。1988年には独立を目指すグループの呼びかけにより、約30万人が集まった「歌の祭典」が行われ、さらに1989年にはバルト三国が共闘し、エストニアのタリンからリトアニアのヴィリニュスまでの600kmを、200万人の手による『人間の鎖』で結び独立への意志をアピールしました。
そして1991年、地道な独立運動とソ連との独立回復交渉の末、一滴の血も流すことなく独立を実現しました。いわゆる「歌の革命」です。

今でも、5年に1度、エストニア全土から何十万人もの人々が集い、「歌の祭典」が催され、民族の誇りと自由の喜びを歌い続けています。
今日は、人こそ集まってはいませんが、テレビで観た何十万もの人々が歌う光景が目に浮かぶようです。
(広場手前の看板の写真より)
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【ピリタ海岸】
次に向かったのは「ピリタ海岸」です。タリン市街から東に5kmほどの場所にある海浜リゾートで、本来、夏には日光浴の人であふれるのだそうですが、今日は天気が悪いせいか、ほとんど人影がありません。
西のほうには、タリン港があり多くの船が出入りするのが見えます。
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また、ピリタ通りの入口には1902年に完成した「ルサルカ像」が聳えています。「ルサルカ」とは、ロシア語で「水の精」を意味し、1893年にタリンからヘルシンキに向かう際に、嵐の中で沈没したロシアの装甲艦の名前だそうです。
モニュメントは、亡くなった人々を思い出させ、祝福する天使の形をしています。
(ルサルカ像)
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【カドリオルグ公園】
そして、次は歩いて「カドリオルグ公園」へ向かいます。
大北方戦争(1700~1721)でバルト地域を手にしたロシアのピョートル大帝が、妃エカテリーナののために造らせた公園で、1718年から離宮(カドリオルグ宮殿)の建設が開始されました。イタリアの建築家ニッコロ・ミケッティによる後期バロック様式の宮殿で、現在は美術館となっています。
宮殿の建物は、まさに派手派手です。勿論、豪華な上、庭園も綺麗ではありますが、城郭として見た場合は、もう一つ興味が湧きません。とはいいながら、何枚も写真に撮りましたが・・・・(苦笑)。
(カドリオルグ宮殿)
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(カドリオルグ宮殿と庭園)
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【タリン旧市街】 
(タリン旧市街絵図) ~現地購入誌より~
タリン絵図

タリン郊外観光のあと、タリン中心部へ向かい、まずは「トームペアの丘」の見学からスタートです。
トームペアの丘ではトームペア城(現国会議事堂)、いくつもの塔、アルクサンデル・ネヴスキー大聖堂、大聖堂、貴族の館、騎士の館、展望台などを廻りました。
(トームペア城・現国会議事堂)
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(展望台から塔の広場方面の眺望)
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その後、トームペアの丘にある4つに展望台のうち、一番北端の展望台(大統領官邸脇の展望台)から九十九折の坂道(石段)をトーミペアの丘の北側下の「塔の広場」へ降りていき、広場周辺を見学しました。
(塔の広場から大統領官邸と展望台、九十九折の坂道を見上げる)
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(塔の広場にて)
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その後、旧市街の周囲をめぐる城壁の内側をヴィル門へ向かい、中心部「ラエコヤ広場」へ到着です。
(ヴィル門)
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ラエコヤ広場は、タリン旧市街でも最も賑やかなところで、いろんな出店やレストランが集まっており、出店では中世の服装をした人などが・・・。 
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そして、広場に面したレストラン「KARLI KELDER」で昼食をしました。

ところでバルト三国の食事ですが、決して美味しくはありませんでしたが、ビールは、ドイツの影響があるためでしょうか、ヴィリニュスのホテルでの缶ビール以外は、地ビールのようなコクがあり、全て美味かったです(*^_^*)。
6月19日(左:タルトゥにて昼食時、右:リガにて夕食時)
6月19日昼食タルトゥ 6月19日夕食リガ

6月20日(左:リガにて昼食時、右:ビリニュスのホテルで夕食時)
6月20日昼食リガ 6月20日夕食ビリニュスホテル

6月21日(左:ビリニュスにて昼食時、右:ビリニュスのホテルにて夕食時)
6月21日昼食ビリニュス 6月21日夕食ビリニュス

6月21日(トラカイ城前の店にて昼間)
6月21日昼間トラカイ

6月22日(左:カウナスにて昼食時、右:リガにて夕食時)
6月22日カウナス昼食 6月22日リガ夕食

6月23日(左:スィグルダにて昼食時、右:タリンにて夕食時)
6月23日昼食スィグルダ 6月23日夕食タリン

6月24日(左:タリンにて昼食時、右:タリンにて夕食時)
6月24日昼食タリン 6月24日夕食タリン

さて、昼食後は、夕食時間の18時過ぎまで、約5時間ほどのフリータイムが与えられたので、旧市街をたっぷり時間を掛けて廻りました。タリン旧市街は、想像していたより遥かに見どころが多くて、普段から山登り(山城めぐり)で誰よりも身体(足腰)を鍛えていると自負している自分でしたが、かなり疲れました(;´▽`A``。
尚、タリン市内について詳しくは、「タクジローの日本全国お城めぐり」の中の「番外編・エストニア」の「トームペア城」「タリン」で紹介していますので、是非、そちらをご覧下さい。

さて、明日は、今回最後の訪問地「ヘルシンキ」です。

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