2013/04/22(月)午前

【午前】 グランドパークホテル(ドゥヴロブニク)⇒モスタル観光(市街・旧市街、スタリ・モスト)

朝起きて外を見ると、雨が降っています(/。ヽ。今回の旅行で初めての雨です。天気男も、さすがに10日間の旅行ともなると、全て晴れというわけにはいかないですね。
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さて、いよいよ今回の旅行も、実質残り2日間です。 
今日は、ボスニア・ヘルツェゴビナの「モスタル」と「サラエヴォ」、そして明日はセルビアの「ベオグラード」です。
サラエヴォとベオグラードを訪れる日本人観光客は少なく、年間1,000人から2,000人だそうで興味津々です。
今日は、今回の旅行の中でも、出入国の検閲回数が一番多いです。
まず、ドゥブロヴニク(クロアチア)からネウム(ボスニア・ヘルツェゴビナ)へ入り、次に、再度クロアチアへ入り、ネレトヴァ川に沿って北上し、そして再びボスニア・ヘルツェゴビナへ入国するのです(苦笑)。
即ち、クロアチア⇒ボスニア・ヘルツェゴビナ⇒クロアチア⇒ボスニア・ヘルツェゴビナとなるわけで、出国審査が3回、入国審査が3回の合計6回のチェックがあるのです。日本人に対しては比較的緩やかですが、最後のボスニア・ヘルツェゴビナへの入国審査は40分以上かかりました。これでも短い方なのだそうです。

出発してからも雨は止むどころか、さらに雨足が強くなり、モスタルに着いた時には本格的な雨になってしまいました(/。ヽ)。
そのため、先日(4/20)、ネウムからドゥヴロブニクへ向かい、ボスニア・ヘルツェゴビナとクロアチアの国境を過ぎて間もなく車窓から見えた「ストンとマリ・ストンを繋ぐ城壁(ストンの城壁と要塞)」もかなり霞んで見え、残念ながら、今日もまともな写真は撮れませんでした(/。ヽ)。
(ストンの城壁と要塞)
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【ボスニア・ヘルツェゴビナについて】
さて、ボスニア・ヘルツェゴビナは、面積が九州より少し広く、人口は400万人ほどで静岡県と同じくらいです。
元々、人口構成がボシュニャク人(オスマン帝国支配下で、イスラム教に改宗した南スラブ人の末裔)が48%、クロアチア人が14%、セルビア人が37%で、ボシュニャク人の多くはイスラム教、クロアチア人の多くはローマ・カトリック、セルビア人の多くは正教会です。
それでも、それぞれが共存して暮らしていましたが、1991年に、クロアチア、スロベニア、マケドニアが相次いで独立宣言すると、ボスニア・ヘルツェゴヴィナはセルビア人がボイコットする中で国民投票による独立を決定し、92年にユーゴスラビアから独立しました。
これに対し、セルビア人がスルブスカ共和国の樹立を宣言し、各民族は激しく争い、ボスニア内戦へと突入しました。
その後、94年のNATOによる制裁爆撃を経て、ボスニア・ヘルツェゴヴィナとスルブスカ共和国の連合国家「ボスニア・ヘルツェゴビナ」となりました。
宗教は勿論ですが、行き過ぎた民族主義は危険ですね(/。ヽ)。

【モスタル】
というわけで、モスタルの町へ入ると、ボスニア紛争時に破壊された家や弾痕の残る家が次々と現れます。
紛争が収まった後、多くの建物は修復されましたが、一部は資金面で、また一部は負の遺産として残されているようですが、その無数の弾痕が壁一面に残り、破壊されたままになっている多くの家々が残る光景は言葉を失うほどの生々しさです。
(無数の弾痕が残り破壊された建物)
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【スタリ・モスト】
それら破壊された家や弾痕の残る家々の間をぬけて旧市街地の方へ向かうと、ボスニア・ヘルツェゴビナ初のユネスコ世界遺産に登録された「スタリ・モスト」が現れます。
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「スタリ・モスト」は、オスマン帝国期の1557年にスレイマン1世の命により建造されたもので、「モスタル」の名もこの橋に因んだものだそうです。
内戦中の1993年、クロアチア系民族により破壊されたが、2004年、ユネスコの支援を受けたトルコ企業によって再建されたそうです。
見た目には、それほど「凄い!」というものではなく、「何故、これが世界遺産?」と思うほどですが、建造当時、世界で唯一の「シングル・スパン・アーチ(川の流れの中に橋脚を持たない構造)」であり、当時の最も優れた建築物の一つであったと同時に、その歴史的価値だけでなく、再建を経ることによって、多民族・多文化の共生や和解の象徴となったという側面も評価されて世界遺産登録がされたようです。
尤も、この橋、実用ということを考えれば、本当に歩きづらいです。
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但し、橋の上から眺める光景は、朝から降り続く雨にも関わらず、ネレトヴァ川はアイスグリーン色に輝き、周囲に建つモスク等とマッチしてなかなかのものです。
(橋から眺める上流の景色)
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(橋から眺める下流の景色)
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(旧市街へ)
橋を渡り、旧市街へと入って行くと、そこは、まさに『トルコ』です。オスマントルコ統治時代の雰囲気が残っているのでしょう。ずらりと並ぶお土産屋さんの光景は、あか抜けませんが、逆に、その雰囲気が郷愁を誘うようでいいですね。トルコの「お土産の定番?(魔除けのお守りです)」の「目玉のお守り(ナザールボンジュウ)」のキーホルダーなども陳列されています。
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また、旧市街にあるイスラム寺院「コスキ・メフメット・パシナ・ジャーミ」の庭から眺める「スタリ・モスト」の光景もよかったです。
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その後、旧市街から少しはずれた所にある「DEL・RIO」で昼食です。
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メニューはというと、「ほうれん草のパイ」、「チャバプチチ」、「トルコ菓子」と、まさにトルコ料理です。
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私は、トルコ料理は大好きですが、今回の旅行も一緒だったトルコ会の仲間は、トルコ旅行の時に食べた料理が気に入らなくて、トルコ料理が世界3大料理の一つだなんて納得できないそうです。私からしてみりゃあ、安いパック旅行とのセットの料理だから止むを得ないと思うのですがネ(苦笑)。
ところが、今回食べた「チャバプチチ」は美味しかったようで、皆さん、トルコ料理を見直したそうです(笑)。確かに、トルコ旅行の時の食事よりも美味かったです(*^_^*)。

食後、少し時間があったので、レストランの周囲を散策。レストランから眺めるネレトヴァ川とモスタル市街、さらにはその向こうに聳える山並みの光景が素晴らしいです。随分雨が降ったにも関わらず、川の水が濁らないのは、川底が石灰岩のせいのようです。
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ところが、レストランの裏へ行ってみると、そこには破壊されたままの建物を発見し、またまた内戦の惨たらしさを実感です(/。ヽ)。
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そして、再びバスに乗って、さらに激しい内紛で何度もテレビで見た「サラエヴォ」へ向かいます。

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