教王護国寺
平安建都の際に都の南玄関・羅城門の東に建てられ、
後に空海が根本道場に
五重塔

所在地
京都市南区九条町1
正式名称
金光明(こんこうみょう)四天王教王護国寺秘密伝法院(略して教王護国寺)
宗派
東寺真言宗
山号
八幡山
本尊
薬師如来
開基
桓武天皇
札所等
真言宗十八本山第9番
西国愛染十七霊場第8番
洛陽三十三所観音霊場第23番
京都十三仏霊場第12番
都七福神(毘沙門天)
神仏霊場 巡拝の道 第84番
文化財
金堂、五重塔、御影堂、蓮花門、観智院客殿、絹本著色真言七祖像、不動明王坐像ほか多数(国宝)
世界遺産
搭頭
観智院、宝菩提院
概要
延暦13年(794)の平安遷都に伴い、王城鎮護のために羅城門の左右に2ケ寺が建立され、それぞれ東寺、西寺と称した。
東西両寺の造営が開始されたのは796年頃で、大納言藤原伊勢人が造寺長官に任命された。
それから20数年後の弘仁14年(823)、真言宗の宗祖である弘法大師空海が、嵯峨天皇から東寺を賜った。
この時から東寺は国家鎮護の寺院であるとともに、真言密教の根本道場となった。
東寺は平安後期には一時期衰退するが、鎌倉時代からは弘法大師信仰の高まりとともに「お大師様の寺」として、
皇族から庶民まで広く信仰を集めるようになった。
中世以後の東寺は後宇多天皇・後醍醐天皇・足利尊氏などの援助を受けて栄えた。
文明18年(1486)の火災で主要堂塔のほとんどを失ったが、豊臣家・徳川家などの援助により、金堂・五重塔などが再建された。
何度かの火災を経て、東寺には創建当時の建物は残っていないが、南大門・金堂・講堂・食堂(じきどう)
が南から北へ一直線に整然と並ぶ伽藍配置や、各建物の規模は平安時代のままである。
ギャラリー
五重塔
新幹線京都駅に到着すると、誰しもまず最初に五重塔に気が付くだろう。それが「東寺の五重塔」であり、
まさに京都のシンボル的存在である。
雪の東寺(五重塔)
京都の冬は底冷えがする。そして時々雪が降り積もる。京都の雪は風情があり、東寺も雪景色がよく似合う。

金堂
東寺の中心堂宇で、諸堂塔のうちもっとも早く建設が始められ、東寺が空海に下賜された弘仁14年(823)
までには完成していたと推定される。現存の建物は慶長8年(1603)、豊臣秀頼の寄進によって再建されたものである。
本尊の薬師如来坐像と日光菩薩、月光菩薩の両脇侍像が安置されている。
【観智院】
簡易院は、塔頭寺院であるが、別格本山となっている。通常非公開であるが、
春秋などに特別公開される場合があり、今回(1996/11/05)入場。

観智院 五大の庭

