「モミジの永観堂」で名高い浄土宗西山禅林寺派総本山寺院

放生池
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正式名称

聖衆来迎山 無量寿院 禅林寺(しょうじゅらいごうさん むりょうじゅいん ぜんりんじ)

所在地

京都市左京区永観堂町48

宗派

浄土宗西山禅林寺派総本山

山号

聖衆来迎山(しょうじゅらいごうさん)

本尊

阿弥陀如来(重要文化財)

開基

真紹

文化財

【国宝】 山越阿弥陀図、金銅蓮華文磬
【重要文化財】 木造阿弥陀如来立像、絹本著色薬師如来像ほか

拝観

【拝観時間】 午前9時~午後5時(受付は午後4時で終了)
【拝観料金】 600円、紅葉時期(寺宝展込み)1,000円、ライトアップ600円

写真撮影日

2011/11/21

歴史等

仁寿3年(853)、空海(弘法大師)の高弟である僧都・真紹が、真言密教の寺として建立したのが起源である。
その10年後の貞観5年(863)、当時の清和天皇より定額寺としての勅許と「禅林寺」の寺号を賜わって公認の寺院となった。
禅林寺が大きく発展したのは、7世住持の律師・永観(ようかん、1033~1111)の時代である。律師は、境内に施療院を建てるなど、恵まれない人々の為に奔走した。そして、律師を慕う人々によって、禅林寺はいつしか「永観堂」と呼ばれるようになった。
禅林寺12世の僧都・静遍(じょうへん、1166~1224)は、当初真言宗の僧であったが、後に法然に帰依し、念仏門に入り、法然の愛弟子の証空上人を次の住職として招いた。
そして、のちに禅林寺は、法然上人を宗祖に、証空上人を派祖とする浄土宗西山禅林寺派の総本山となった。
『「パンフレット」、「ウィキペディア」ほかより』

現況・訪問記、感想等

永観堂は「紅葉の永観堂」と言われるだけに、紅葉の季節には大変な混雑ぶりで、今年は紅葉時期が遅くて、まだ見頃には程遠い上に、平日だというのに大変な人出(/。ヽ)
しかも、寺宝展込みとはいえ、1,000円は高すぎるだろうヽ(`⌒´)ノ
おまけに、これだけ有名な寺院なのに、ご朱印の字が乱雑な上、本当に下手糞なことといったら・・・。有難味が減るというものだヽ(`⌒´)ノ
(2011/11/21訪れて)

ギャラリー

境内案内図(パンフレットより)
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総門
今年は、紅葉が遅く、総門付近のモミンジもまだまだ。
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総門をくぐり入って行く
永観堂は「紅葉の永観堂」と言われるだけに、紅葉の季節には大変な混雑ぶりで、平日だというのに大変な人出(/。ヽ)
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大玄関
大玄関手前の受付で、ちょっとぼり過ぎのような気もするが、「寺宝展込み1,000円」のチケットを買って入場。大玄関の上奥に多宝塔が見える。
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中庭
寺宝展を見に大玄関から入って行くと、なかなか見事な中庭が現れる。写真正面奥が瑞紫殿、右側が釈迦堂、左側が古方丈。古方丈、瑞紫殿、釈迦堂、千仏洞、臥龍廊、御影堂、阿弥陀堂と拝観して廻る。尚、堂内は撮影禁止!
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中庭と古方丈
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唐門
釈迦堂の西側に、天皇の使いが出入りする唐門が建っている。釈迦堂との間には盛り砂がつくられている。勅使は、この盛り砂を踏んで身を清めてから中に進んだそうだ。
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釈迦堂南側の庭
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御影堂を
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御影堂
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阿弥陀堂
撮影禁止なのでその姿を紹介できないが、阿弥陀堂には本尊の「見かえり阿弥陀」が立っている。仏像って、普通は正面に向かってお参りするものだが、見かえり阿弥陀は顔を左へ向けているので、お参りするときは仏像の左に行ってお参りするのだ。
阿弥陀堂

放生池周辺の紅葉・紅葉・紅葉・・・
見頃には、まだまだ程遠い感じだったが、それでも、それなりに綺麗だった。
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甘味処
放生池前には甘味屋があります。
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多宝塔
背後の山の中腹には多宝塔が建てられている。
多宝塔

多宝塔へ向かう
多宝塔へと登って行く途中に鮮やかな紅葉があったので一枚!
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多宝塔のところから京都市街の眺望を
多宝塔まで登ると、眼下に広がる京都市街が一望できる。紅葉と相俟って、なかなか見事な光景だ。
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