源光庵(げんこうあん)

京都北山鷹ケ峯の紅葉の名刹、悟りの窓と迷いの窓が

「悟りの窓」と「迷いの窓」
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正式名称

鷹峰山 寶樹林 源光庵

別称

復古禅林

所在地

京都市北区鷹峯北鷹峯町47、電話075-492-1858

宗派

曹洞宗

山号

鷹峰山

本尊

釈迦牟尼仏

開基

徹翁義亨

拝観

【拝観時間】 9:30~17:00
【拝観料金】 400円

歴史等

貞和2年(1346)に臨済宗大徳寺の徹翁義亨の隠居所として開基し、当初は復古堂と呼ばれた。
その後、衰微していたが、元禄7年(1694)に加賀大乗寺の卍山道白(まんざんどうはく)禅師が金沢の富豪中田静家の援助により再建され、曹洞宗へ改宗した。
本堂の天井は、伏見城の床板を利用したもので、血天井と呼ばれる血痕跡の付いた板を利用している。これは慶長5年(1600)9月15日の関ヶ原合戦の前哨戦として、7月に徳川家康の家臣鳥居元忠と配下の武将およそ1800人が、伏見城で石田三成の軍勢と交戦し、380人余が討ち死にした際の痕跡で、現在も血でできた手跡や足跡があちこちに残っている。

ギャラリー

楼門と鐘楼
参道を通り源光庵へ向かうと、北山杉の間から楼門と鐘楼が見えてくる。楼門の両側の白い丸が特徴的だ。禅の円通を現したものが楼門にも取り入れられているのかな?
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楼門
楼門の両側の白い丸が特徴的だ。禅の円通を現したものが楼門にも取り入れられているのかな?
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本堂
楼門をくぐると本堂が見えるが、その前の枝が長~く延びる松の木が印象的だ。本堂は、曹洞宗に改宗した際に創建されたもので、卍山禅師に帰依した加賀金沢の豪商中田静家居士によって寄進されて建立された。
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悟りの窓と迷いの窓
源光庵は「悟りの窓」と呼ばれる丸窓と、「迷いの窓」と呼ばれる四角窓で知られている。この2つの窓は、仏教の真理を表すのだそうで、丸い方の窓「悟りの窓」は、「禅と円通」の心を表し、円は「大宇宙」を表現するのだそうだ。そして、 四角い方の窓「迷いの窓」は、「人間の生涯」を象徴し、「生老病死・四苦八苦」を表しているのだそうだ。そして、それぞれの窓が、紅葉を借景にした一つの「絵画」のようだ。
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この窓は?
丸と四角の他に、こんな形の窓もあるけど、これはどういう意味があるのかなあ?
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本堂須弥壇
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血天井
関ヶ原合戦の前哨戦である伏見城攻防戦で、徳川家臣で伏見城代の鳥居元忠が、家康の厳命で城を死守した折りに、元忠以下全員が自刃して伏見城の廊下を血の海とした。その時の廊下の板を天井に使用されているのだ。今も生々しい血の痕が、黒いシミとや足跡となって数多く残されている。
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庭園
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