愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)

所在地
京都市右京区嵯峨鳥居本深谷町2-5
正式名称
等覚山 愛宕念仏寺(とうかくざん おたぎねんぶつじ)
別称
千二百羅漢の寺
宗派
天台宗延暦寺派
山号
等覚山(とうかくざん)
本尊
千手観音
開基
称徳天皇(孝謙天皇が称徳天皇として重祚)
文化財
本堂(国指定重要文化財)
金剛力士像(京都市指定文化財)
概要
京都の四条の西院から東山方面にかけてを、昔は愛宕(おたぎ)郡といった。奈良時代末、称徳天皇(孝謙天皇が称徳天皇として重祚)
がその地(東山松原通大和大路東入弓矢町)に寺を建て愛宕寺と称した。
平安時代初めには真言宗東寺派の末寺となっていたらしいが、すでに荒れ寺になっていた上に、鴨川の洪水で全て流れて廃寺となってしまった。
その廃寺を醍醐天皇の命により天台宗の僧千観(伝燈大法師)が復興した。千観は、いつも念仏を唱えていたので、民衆から念仏聖人と呼ばれた。
このことから寺名を愛宕念仏寺と呼ばれるようになり、天台宗に属した。 この時に、いったんは七堂伽藍を備え勅願寺としての体裁を整えたが、
その後は興廃を繰り返し、最後は本堂、地蔵堂、仁王門を残すばかりとなった。
大正11年(1922)、本堂(鎌倉中期再建)を嵯峨野に移築して現在地での復興を目指すが失敗。
昭和30年(1955)、西村公朝氏が天台宗本山からこの寺の住職を命じられたが、引き受けるのをためらうほどの荒れようであったという。
西村公朝氏は、仏師として全国を飛び回る傍ら、本堂、地蔵堂、仁王門などを整備した。また、修復費用捻出のため、昭和56年(1981)、
五百体の羅漢を募集したそうである。すると、希望が殺到し、10年後には羅漢の数は千二百体に達した。
感想
嵐山・嵯峨野といえば、京都の中でも人気スポットであるが、愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)は、嵐山駅から遠いこともあってか、
参拝客は少ない。
しかし、素人作とは思えない羅漢像は、それぞれ個性があり、見て廻るのが楽しいお薦めの寺である。しかも無料(^^)
寺は、嵯峨野とはいえ、かなり奥まった鳥居本にある。この鳥居本は、嵯峨野の雑踏とは異にし、まるで時間が止まったかのようで、
町の雰囲気がこれまたgood!
ギャラリー
羅漢
とても素人作とは思えない羅漢像は、それぞれ個性があり、見て廻るのが楽しい。

鳥居本
嵯峨野とはいえ、かなり奥まったところにある鳥居本は、嵯峨野の雑踏とは異にし、
まるで時間が止まったかのようで、町の雰囲気がgood!
