相国寺(しょうこくじ)

足利義満により建立され京都五山第2位に格づけされた臨済宗相国寺派大本山

㊧法搭と雪景色、㊨相国寺の搭頭「瑞春院(雁の寺)」のご朱印
法堂は、慶長10年(1605)、豊臣秀頼の寄進により、5回目の再建になり、 我が国法堂建築の最古のもので、正面28.72m、側面22.80mにして堂々たるものである。
 

正式名称

萬年山相国承天禅寺(まんねんざんしょうこくじょうてんぜんじ)

所在地

京都市上京区今出川通烏丸東入相国寺門前町701

宗派

臨済宗相国寺派大本山、京都五山2位

山号

萬年山(まんねんざん)

本尊

釈迦如来

開基

足利義満
夢窓疎石(開山)

札所等

神仏霊場巡拝の道 第99番

文化財等

【国宝】
無学祖元墨蹟 与長楽寺一翁偈語 弘安二年十一月一日 :弘安2年11月1日(1279年12月11日)。
【重要文化財】
本堂(法堂)附玄関廊、紙本墨画 猿猴竹林図 :長谷川等伯筆六曲屏風、絹本著色 十六羅漢像 :陸信忠筆16幅、絹本著色 鳴鶴図 : 文正筆2幅、絹本墨画淡彩 鳳凰図 :林良筆、紙本墨画 山水図 :絶海中津の賛あり、子元祖元高峰顕日問答語、十牛頌(伝・絶海中津筆): 10幅、明主勅書、異国通船朱印状、普広院旧基封境図

拝観

【拝観時間】 10:00~16:30(受付16:00まで)
【拝観料金】 800円(方丈・法堂・浴室拝観)

写真撮影日

1997/01/23
1999/10/29

歴史等

相国寺は、室町幕府3代将軍足利義満が、禅の師であった天龍寺の春屋妙葩(しゅんおくみょう)の伯父であり師である高僧・夢窓国師 (当時、既に死去)を開祖として建立、明徳3年(1392)に完成した広大な寺院である。 
相国寺は京都最大の禅宗寺院の一つとして、また、五山文学の中心地として栄えたが、たびたび火災に見舞われた。
伽藍完成から2年後の応永元年(1394)に全焼したが、 翌年には仏殿、開山塔が立柱、応永3年(1396)には法堂が再建された。
そして、応永6年(1399)には七重大塔が完成した。大搭は史上最も高かった日本様式の仏塔で、高さ360尺(109.1m)といわれ、 天下の壮観なりと言われたが、応永10年(1403)落雷によって焼失したが、応永14年(1407)頃相国寺は旧観に復興した。尚。 その翌年義満は51才で逝去している。
しかし、応永32年(1425)の出火でまたも全焼した。4代将軍義持、6代将軍義教によって再建の努力がされ、 さらに足利義政によって再建が進められ、寛正4年(1463)法界門などが完成し再び大禅刹が出現した。
しかし、応仁元年(1467)には相国寺が応仁の乱の細川方の陣地となったあおりで焼失し、天文20年(1551) にも管領細川家と三好家の争いに巻き込まれて焼失した。ここまでで都合4回焼失している。
戦国時代に入ると、豊臣家の庇護を受け、慶長10年(1605)には豊臣秀頼が現在の法堂を建立した。また、 徳川家康も三門を寄進するなど他の建造物も再建されていったが、天明8年(1788)の天明の大火によって、法堂や浴室、 一部の塔頭などを除いてすべて焼失してしまった。
しかし、文化4年(1807)に桃園天皇の皇后である恭礼門院の旧殿を賜わった際、それを開山塔として再度建立、方丈や庫裏も完備した。
『「相国寺公式ホームページ」 、「京都の謎~伝説編~・高野澄著(祥伝社刊)」、「フリー百科事典・ ウィキペディア(Wikipedia) 」他参照』

現況・感想等

京都御所の北の門、今出川御門の前の通りを北上すると相国寺がある。
室町幕府の厚い保護と、将軍の帰依とによって、五山禅林の第二位にあり、繁栄と栄光の歴史をもった相国寺であるが、今日では相国寺を 「しょうこくじ」と正しく発音するものすら少なくなってしまったと聞く(苦笑)。
かくいう私も、京都在住時代、自宅からあまりにも近すぎて、改めて出掛けるということもほとんどなく、雪の降った翌朝に、 写真を撮りに御所と共に出掛けたことがある他、何となく1~2回ほど訪れた記憶しかない(苦笑)。
勿論、京都の神社仏閣の雪景色は実に絵になり、特に金閣寺などの雪景色は有名で、雪の積もった朝などは多くのカメラマンが訪れるが、 この相国寺も例外ではない。
現在の相国寺は、多くが幕末に諸堂が再建され旧観を復するにいたったもので、今でも寺域は約4万坪とかなりの広さを有するが、 創立当時の相国寺は南は室町一条あたりに総門があったといわれ、北は上御霊神社の森、東は寺町、西は大宮通にわたり、 約144万坪という途轍もなく広い寺域があったという。
即ち、現在の相国寺の南には同志社大学、北には成安中学、高校、烏丸中学があるが、 これら学校の敷地の大部分は天明の大火以後復興できなかった寺院や、明治維新後廃合した寺院の址地なのである。
尚、境内には本山相国寺をはじめ、13の塔頭寺院があり、山外塔頭に金閣寺 (鹿苑寺)銀閣寺 (慈照寺)、真如寺がある。また全国に130カ寺の末寺を擁している。

ギャラリー

総門
相国寺の門は、総門とそれに並んだ勅使門がある。勅使門は特別のときに開けられる門であるのに対して、 総門は日常の門である。

庫裏「香積院」
総門をくぐり、進んで行くと、左手前方に法搭と方丈、正面に庫裏が見えてくる。庫裏は、切妻妻入で、 大きい破風や壁面が印象的である。

経蔵と雪景色
経蔵は安政6年(1859)に第120世盈冲和尚の寄進により、万延元年の落成のもので、高麗版一切経 (大般若は元時代の普寧寺版)が納められている。

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