等持院(とうじいん)

足利尊氏が夢窓国師に依頼して建立、足利家の菩提寺

等持院山門
 

所在地

京都市北区等持院北町63、電話075-461-5786

宗派

臨済宗天龍寺派

山号

萬年山

本尊

釈迦牟尼仏

開基

足利尊氏

文化財

紙本淡彩等持寺絵図(重要文化財)

拝観

【拝観時間】  8:00~17:00、年中無休
【拝観料】   500円
【駐車場】   20台(無料)

概要

暦応4年(1341)に室町幕府初代将軍足利尊氏が、等持寺の別院(別院北等持寺)として、 天竜寺の夢窓国師に依頼して衣笠山の山麓に創建したのが等持院である。
尊氏の死後、菩提寺であった等持寺と併合して、尊氏の法号(等持院殿仁山妙義)をもって等持院とし、以後歴代足利将軍の廟所となった。 その後、3代将軍足利義満、8代将軍足利義政が尽力をつくして発展させ、禅宗十刹の筆頭寺院となった。
応仁の乱などの戦乱に見舞われたが、豊臣秀吉も遺命で秀頼に建て直させるなど、何度も再建されてきた。
方丈も、文化5年(1808)の火災の後に、妙心寺山内から福島正則造営の方丈が移され、同時に霊光殿も立て直されたものである。 霊光殿には足利家歴代将軍の木像が安置されている。
また、水上勉の小説「鴈の寺」の舞台となった寺でもある。

現況・感想等

近くにある龍安寺や金閣寺が多くの拝観者でごった返しているのに対して、等持院の拝観者は非常に少ない。しかし、 その分ゆったりと拝観できるのは有難い。
多分、明治時代から終戦までの皇国史観で、足利尊氏を国賊としていた歴史的経緯があるのだろう。
そういえば、明治時代に新しく始まった京都三大祭の一つ「時代祭」も、平成18年(2006)まで室町時代は除外されていた(従って、 私は時代祭の室町時代の行列を知らないのだ)。
もう一つ、等持院の霊光殿には足利歴代将軍の木像が安置されているが、文久3年(1863)2月、尊皇攘夷派浪士が木像のうち、 初代将軍尊氏、2代将軍義詮、3代将軍義満の首を抜き取り、三条河原でさらし首にしたという災難にもあっている。
そんなこんなで、私は却って興味を持って出掛けた。
等持院の庭園は、夢窓国師が、天竜寺とともに最も力を尽くして築いたいうだけあって素晴らしい。 ゆっくり庭を眺めてのんびりすることもできるし、回遊式となっているので、ゆっくりと散策することもできる。是非、 拝観をお薦めしたい寺院だ。
また、足利尊氏の首も繋がっていた。ヨカッタ、ヨカッタ(^^)

ギャラリー

方丈庭園
 

芙蓉池の庭
夢窓国師が、天竜寺とともに最も力を尽くして築いたのが、芙蓉池の庭である。左奥に見えるのは茶室「清漣亭 (せいれんてい)」。
 

㊧足利尊氏の木像、㊨足利尊氏の墓
 

達磨
天竜寺にも同じものがあるねえ。

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