金剛輪寺(こんごうりんじ)
湖東三山の一つ、聖武天皇の勅願により行基が開いたという天台宗の古刹
三重塔(重要文化財)と紅葉

別称
松尾寺
所在地
滋賀県愛知郡愛荘町松尾寺873、電話0749-37-3211
宗派
天台宗
山号
松峯山(しょうぶさん)
本尊
聖観世音菩薩(秘仏)
開基
開基 (伝)行基
中興 (伝)円仁
札所等
湖東三山
近江西国第十五番札所
湖国十一面観音第11番霊場
近江七福神霊場
文化財
【国宝】 本堂
【重要文化財】 三重塔、二天門、阿弥陀如来坐像、慈恵大師坐像ほか
【名勝】 明寿院庭園
拝観
【拝観時間】 8時30分~17時、無休
【拝観料金】 大人500円、中学生300円、小学生100円
写真撮影日
2004/11/27
2011/11/22
概要
西明寺、 百済寺とともに湖東三山の一つに数えられる金剛輪寺は、聖武天皇の祈願寺として、行基菩薩が天平13年(741)に開山した。秘仏本尊聖観世音菩薩は、伝承によると行基菩薩が一刀三礼で彫り進められたところ木肌から一筋の生血が流れ落ちたため、観音様に魂が宿った証として、粗彫りのまま本尊として祀ったといわれている。
開山以来、天下泰平の祈願寺として栄え、平安時代初期の嘉祥年間(850)には、比叡山より慈覚大師が来山、天台密教の道場とされて以来、延暦寺の末寺、天台宗の大寺院となった。
寿永2年(1183)には、木曽義仲を追討すべく近江へ来た源義経が参籠し、武運必勝を祈願して太刀を寄進した。
元寇の役の際、鎌倉の北条時宗が近江守護職・佐々木頼綱に命じて近江国中の祈祷寺社に元軍降伏の祈願を修せしめ、当山長老覚賢は衆僧を励まし、大祈祷を厳修した。そして、戦勝記念として頼綱は弘安11年(1288)、今残る本堂大悲閣以下を再興した。
往時は、東西南北4谷に分かれ、それぞれ坊舎が甍をならべ、その数は百余とされ盛なることであった。
応仁の乱後には、当山においても弓矢をもって自衛し、衆徒の砦も築かれていた。天正元年(1573)、百済寺が鯰江城を後援したことで、信長は同寺を焼き払ったが、当山も同罪ということで火を放たれたが、当山僧侶の奇知により、本堂・三重塔・二天門等はその火を免れた。
その後、徳川家康、彦根藩主井伊直孝などにより復興されたが、明治維新により、境内山林全て上地の悲運にあい、本坊明寿院一坊となったが、全国の観音信者の後援で、境内復興、緒堂の復興がなされ、本堂大修理や三重塔復元大修理が行なわれた。
『パンフレット他より』
現況・訪問記・感想等
国宝の本堂大悲閣や重文の三重塔・二天門等歴史ある建築物や、桃山・江戸初期・江戸中期の三庭からなる池泉回遊式庭園など見どころが多い寺院である。また、三重塔内に安置された大日如来像をも拝むことができる。
そして何よりも、「血染めの楓」と称されるほどの鮮やかな紅葉は見事だ。
しかし、私が、この寺で一番印象に残っているのは、黒門から本堂へと長く続く参道脇の、今では2千体以上もあるという「千体地蔵」である。このお地蔵さんは、1978年、参拝者が水子供養をしたいと申し出て始まったのだという。お地蔵さんは、全てがよだれかけをかけ、鮮やかな色の風車が備えられており、それが却って、妙に艶めかしく、水子の霊がその辺りに漂っているようで、妙に薄気味悪かった(苦笑)。
(1997/08/01、2004/11/27訪れて)
ギャラリー
黒門 
参道脇のお地蔵さん
黒門から本堂まで結構長い参道である。その脇には、今では2千体以上もあるという「千体地蔵」が並んでいる。このお地蔵さんは、1978年、参拝者が水子供養をしたいと申し出て始まったのだという。どうも薄気味悪かった・・・? 

二天門(重文)が見えてくる
本堂よりおくれて室町時代中頃に建立、八脚門ともいわれるように当初は楼門であったが江戸時代中頃に二階部分を取り壊し、現在の一重にしたと伝えられている。 
二天門と鐘楼
大きな草鞋が下げられているのは、七難即滅を願うものだそうだ。 
本堂内から二天門を 
大悲閣本堂(国宝)
弘安11年(1288)1月建立の銘が須弥壇にあり鎌倉時代の代表的な和様建造物として国宝に指定されている。 
三重塔と大日如来像
三重塔は、寺伝では鎌倉時代の寛元4年(1246)の建立とあるが、様式的には南北朝時代~室町時代の建築とみられる。織田信長の焼き討ちは免れたものの、近世以降は荒廃し、塔の初層と二重目がかろうじて残るだけで、三重目はなくなっていた。現状の塔は欠失部分を補って1975年から1978年にかけて復元されたものである。㊨三重塔の内部は四天柱があり大日如来が安置されている。

【血染めの楓】
金剛輪寺の紅葉は、「血染めの楓」と称されるほど鮮やかで実に美しい。
(本堂と紅葉) 
(三重塔と紅葉) 
(紅葉・紅葉・紅葉・・・・) 



【本坊明寿院・名勝庭園】
明寿院の名勝庭園は、池泉回遊式庭園で、桃山・江戸初期・江戸中期の三庭からなり、作者不明であるが、老杉蒼松の自然を背景とし、灯籠石樹木の配置等が素晴らしい。
(桃山期の庭) 
(江戸初期の庭) 
(江戸中期の庭) 

